NHK連続テレビ小説『あさが来た』でディーン・フジオカが演じたのは、幕末から明治にかけて活躍した実業家・五代友厚(ごだい・ともあつ)です。ヒロインのあさを支える知的で行動力のある人物として登場し、その存在感は放送当時の大きな話題となりました。五代の死が描かれた2016年1月22日には「五代様ロス」と呼ばれる反響が広がり、約1か月後には夢の中で再登場する展開も実現しています。
2026年現在、改めて注目したいのは、ディーン・フジオカの演技が生んだ人気と、実在した五代友厚の功績を分けて理解することです。五代は大阪の近代経済を支えた実業家であり、2021年の大河ドラマ『青天を衝け』でも同じ俳優が演じました。この記事では、初登場から最後の登場回、史実との違い、NHKオンデマンドの配信情報、ディーン・フジオカの2026年の活動まで整理します。
【朝ドラで何役?】ディーン・フジオカが演じた五代友厚と登場回を解説

ディーン・フジオカが出演した朝ドラは、2015年度後期のNHK連続テレビ小説『あさが来た』です。主演の波瑠が演じる今井あさ(後の白岡あさ)が、幕末から明治にかけて大阪で事業を切り開いていく物語で、五代友厚は彼女の挑戦を支えるキーパーソンとして描かれました。
五代は薩摩藩士として海外事情に通じ、明治維新後は大阪の経済発展に力を尽くした実在の人物です。ドラマでは、先を読む力と大胆な行動力を持ち、あさの可能性を早くから認める人物として登場します。商いの世界で困難に直面するあさに助言を送り、女性が事業を率いることの難しさを理解したうえで、その挑戦を後押しする役割を担いました。
NHKオンデマンドの各話紹介や当時の放送記録をたどると、登場の節目は次のように整理できます。
- 2015年9月30日・第3回:幼いあさと五代が出会う場面が描かれる。
- 2015年11月7日・第36回:炭鉱事業に向かうあさに、五代がお守りを渡す。
- 2016年1月14日・第88回:五代を悪徳商人とする疑惑が浮上し、あさが真相を確かめようとする。
- 2016年1月22日・第95回:五代の病状が悪化し、あさとの別れが描かれる。
- 2016年2月22日・第121回:あさの夢の中に五代が再登場する。
特に重要なのが第95回です。NHKオンデマンドの番組紹介でも、あさが新次郎とともに五代のもとへ駆けつけ、死なないでほしいと訴える場面が紹介されています。五代がやり残した仕事を語る展開は、単に人気人物の退場を描くのではなく、彼があさに何を託したのかを示す場面でもありました。
なお、五代の死が描かれた翌日の第96回では葬儀が扱われています。第95回が五代との別れを描く中心的な回であり、第96回は残された人々がその死を受け止める回、と理解すると、物語の流れが分かりやすくなります。
【五代様人気の理由】ディーン・フジオカの演技と「五代ロス」の反響
五代友厚が「五代様」と呼ばれるほどの人気を集めた背景には、人物造形、俳優の表現力、そして朝ドラの物語構成が重なっています。
まず目を引くのが、ディーン・フジオカの落ち着いた声や端正な立ち居振る舞いです。五代は海外事情に詳しく、先を見通して行動する人物として描かれています。大きな声で自分の正しさを主張するのではなく、状況を読み、相手の能力を見極め、必要なときに手を差し伸べる。その姿が、知性と余裕を備えた人物という印象につながりました。
加えて、五代とあさの関係が人気を支えました。あさは周囲から女性だからという理由で能力を疑われることがありますが、五代は彼女の意欲や実行力を評価します。単に助けてくれる男性ではなく、あさの未来を信じて行動を促す存在だったことが、視聴者の心をつかんだ理由の一つです。
物語の構造も見逃せません。五代はあさの人生に影響を与える一方、彼自身も大阪の発展を目指して働き続けます。仕事に情熱を注ぐ人物が、志半ばで人生を終える。その結末が、彼の生き方をより印象深いものにしました。
2016年1月22日の放送後には、メディアが「五代様ロス」と呼ばれる反響を報じました。日刊スポーツが当時伝えたビデオリサーチ調べの関東地区世帯視聴率は、五代の最期が描かれた回で24.0%でした。これは作品全体が高い支持を得ていた時期の数字でもあり、視聴率だけで五代の人気を切り分けることはできません。それでも、退場回が大きな注目を集めたことを示す一つの指標です。
反響を受け、NHKは2月22日放送の第121回で五代を再登場させました。あさが負傷して療養する中、夢の中で五代や白岡正吉と再会する展開です。当時の報道によれば、制作側は視聴者からの反響に加え、五代があさの師匠的な存在であることも踏まえて再登場を判断しました。
この演出が興味深いのは、史実上の死を覆さずに、物語の中で五代の存在をもう一度際立たせた点です。人気人物を復活させるのではなく、あさが前へ進むための記憶として描く。五代が退場した後も、彼の言葉や志が物語に残り続ける構成になっていました。
【五代友厚の功績と経歴】大阪経済を支えた実業家の実像
五代友厚は、1836年に薩摩国、現在の鹿児島県に生まれました。幼名は徳助、後に才助と名乗り、明治時代に友厚という名を用いるようになります。若い頃から海外の技術や情勢に関心を持ち、長崎で航海術、測量、砲術、数学などを学びました。
1865年には薩摩藩の英国派遣留学生団の副使として欧州へ渡ります。海外で得た知識や人脈は、その後の外交実務や経済活動の土台となりました。明治維新後は新政府に仕え、大阪の外国事務局判事などを務め、開港や貿易に関する仕事に取り組みます。
その後、官職を辞して民間の実業界へ転じました。五代が重視したのは、一つの企業を大きくすることだけではありません。貿易、産業、金融、商取引を支える仕組みを整え、大阪全体の経済活動を活発にすることでした。
大阪商工会議所や日本取引所グループの沿革資料などをもとに、主な経歴を整理します。
| 時期 | 出来事・役割 | 歴史的な意味 |
|---|---|---|
| 1836年 | 薩摩国に生まれる | 海外事情に関心を持つ薩摩藩士として成長 |
| 1857年 | 長崎で航海術や測量などを学ぶ | 西洋の技術や知識に触れる |
| 1865年 | 欧州へ派遣される | 海外事情への理解と人脈を広げる |
| 1868年 | 新政府の役人として大阪で勤務 | 大阪の開港や貿易の発展に尽力 |
| 1870年代 | 紡績業、鉱業などの事業を推進 | 近代的な産業基盤の形成に貢献 |
| 1878年 | 大阪株式取引所の設立を発起し、大阪商法会議所を設立 | 現在の大阪取引所や大阪商工会議所につながる経済基盤を整備 |
| 1885年 | 死去 | 49年の生涯を終える |
五代の代表的な功績の一つが、1878年に設立された大阪商法会議所です。現在の大阪商工会議所の前身にあたり、五代は初代会頭に就任しました。商人や企業が共通の課題を議論し、商取引を改善するための組織づくりを進めたのです。
同じ1878年には、大阪株式取引所の設立にも尽力しました。現在の大阪取引所につながる組織であり、企業活動や資本の流れを支える市場の整備という点で大きな意味を持ちます。造幣寮の設立への貢献、紡績業や鉱業への取り組みも、近代大阪の産業基盤を考えるうえで欠かせません。
大阪商工会議所の年譜や日本取引所グループの沿革は、五代を「大阪の恩人」として紹介しています。渋沢栄一が東京を中心に経済活動を展開したのに対し、五代は大阪の産業と商業を支えた人物として「東の渋沢、西の五代」と並び称されてきました。
ただし、五代の功績を「一人ですべてを作り上げた」と理解するのは正確ではありません。大阪の近代化は、多くの商人、企業家、技術者、行政関係者が関わる中で進みました。五代の重要性は、個々の事業だけでなく、人や資金を結びつけ、経済活動が続くための仕組みづくりを主導した点にあります。
【五代友厚の史実とドラマの違い】あさとの関係は実話なのか
『あさが来た』を史実に照らして見る際、最も注意したいのが、五代友厚とヒロイン・あさの関係です。ドラマのあさのモデルは、実業家・教育者として活躍した広岡浅子です。一方、五代は実在した大阪の実業家です。しかし、二人の関係がドラマのように親密だったことを示す直接的な記録は確認されていません。
この点は、広岡浅子について調査・紹介する大同生命の資料でも説明されています。広岡家と五代の活動領域には接点があり、浅子の夫・広岡信五郎は大阪株式取引所の役員を務めました。また、広岡家の炭鉱事業も、五代らが築いた大阪の実業界とのつながりの中で発展していきます。しかし、浅子と五代がドラマのように直接交流したことを裏付ける記録は見つかっていません。
つまり、ドラマには史実を土台にした部分と、人物同士の関係を描くための創作が共存しています。五代が大阪の発展に力を注いだことや、実業家として活動したことは史実です。一方、幼いあさとの運命的な出会いや、彼女を個人的に支え続ける師匠のような関係は、物語を成立させるために構成された要素と考える必要があります。
もう一つの違いは、五代の人物像です。朝ドラでは、あさを励まし、理想を語る紳士的な側面が強調されています。しかし、実際の五代は、政府との交渉や事業の立ち上げ、利害の異なる実業家との調整など、現実的で厳しい判断を求められる立場にいました。事業を進めるうえでは、競争や資金、政治的な状況とも向き合わなければなりません。
そのため、五代を単に「ヒロインを助ける理想の男性」として捉えると、実業家としての実像を見失います。海外の知識を取り入れ、行政と民間の間を動き、産業や金融の仕組みを整えようとした人物。その現実的な側面を知ると、ドラマで描かれた先見性や行動力にも、歴史的な背景が見えてきます。
また、五代は1885年9月25日に亡くなりました。ドラマでは病床であさと別れる場面が物語の大きな山場になりますが、実際の死の状況や、あさとの別れの描写をそのまま歴史的事実と受け取ることはできません。史実とフィクションを分けることは、作品の価値を下げるためではなく、実在した人物の功績をより正確に理解するための手がかりです。
【青天を衝けでも再演】ディーン・フジオカと五代友厚の不思議な縁
ディーン・フジオカは、朝ドラでの五代役を経て、2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』でも同じ五代友厚を演じました。渋沢栄一の生涯を描く同作では、五代は西日本の経済界を代表する人物として、渋沢と同時代を生きる実業家の一人に位置づけられています。
朝ドラと大河ドラマで同じ俳優が同じ歴史上の人物を演じることには、興味深い意味があります。『あさが来た』では、五代はヒロインの人生を支える人物として描かれました。対して『青天を衝け』では、明治期の政治や経済の動きの中で、五代がどのように考え、行動したのかが物語の焦点になります。
2021年のインタビューでディーン・フジオカは、朝ドラでの役作りに固執せず、大河ドラマを別の作品として捉える姿勢を語っています。『青天を衝け』の五代は、朝ドラ版よりも野性味や鋭さを感じさせる人物として表現されました。柔らかく理想を語る姿だけではなく、競争や駆け引きのある経済の世界を生き抜く人物としての側面が強まっています。
この再演によって、視聴者は五代という人物を違う角度から見ることができました。朝ドラでは、あさとの関係を通じて五代の魅力を知る。大河では、渋沢栄一をはじめとする同時代の人物との関係を通じて、五代の歴史的な位置づけを知る。二つの作品を続けて見ると、同じ人物でも、物語の中心人物が誰なのかによって描写が変わることが分かります。
ディーン・フジオカにとっても、五代はキャリアを象徴する役の一つになりました。『あさが来た』への出演を機に知名度が高まり、その後は俳優としてさまざまなジャンルの作品に出演しています。五代役の成功は、歴史上の人物を演じる力だけでなく、作品ごとに異なる人物像を組み立てる表現力を印象づけた転機でした。
【2026年最新】ディーン・フジオカの活動と『あさが来た』の配信情報
2026年10月25日時点で、ディーン・フジオカは俳優・ミュージシャンとして活動を続けています。所属事務所アミューズの公式プロフィールや本人の公式サイトでは、2026年の出演作や音楽活動に関する情報が掲載されています。
2026年にはフジテレビ系ドラマ『LOVED ONE』で水沢真澄役を務めたほか、映画『正直不動産』では神木涼真役で出演しています。過去の五代友厚役だけにとどまらず、現代劇や映画、音楽活動へと活躍の場を広げている点が、現在のディーン・フジオカを理解するうえで重要です。
音楽活動では、公式サイトが「DEAN FUJIOKA LIVE 2026 “first kiss”」を告知しています。公演は2026年11月12日と13日に東京・豊洲PITで予定されています。テレビ出演や映画出演に加え、ライブ活動も継続しており、俳優とミュージシャンの両面で活動していることが分かります。
一方、『あさが来た』を見直したい場合は、NHKオンデマンドの作品情報を確認する方法があります。2026年10月時点で、同サービスの朝ドラ配信一覧には全156回の『あさが来た』が掲載されています。第95回「道を照らす人」や第121回「夢見る人」など、五代の最期と再登場に関係する各話の紹介も確認できます。
配信には単品購入や見放題パックなどの利用方法がありますが、視聴条件や料金、配信対象は変更される場合があります。実際に視聴する際は、NHKオンデマンドの各話ページで最新の条件を確認するのが確実です。
五代の登場場面だけを見直すなら、第3回の初対面、第36回のお守りを渡す場面、第88回の疑惑、第95回の別れ、第121回の夢での再会が、人物像をつかむうえで特に重要です。物語全体を通して見ると、五代があさの事業や考え方にどのような影響を与えたのかも理解しやすくなります。
【朝ドラディーンフジオカ】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:朝ドラでディーン・フジオカが演じたのは何役ですか?
A1:NHK連続テレビ小説『あさが来た』で、実業家の五代友厚を演じました。五代は大阪の近代経済の発展に尽力した実在の人物で、ドラマでは波瑠演じるあさを支える重要な役割を担っています。
Q2:五代友厚の最後の登場回はいつですか?
A2:五代の最期が描かれたのは2016年1月22日放送の第95回です。その後、同年2月22日放送の第121回で、あさの夢の中に再登場しました。再登場は史実を変更するものではなく、物語上の演出です。
Q3:五代友厚と広岡浅子は実際に親しい関係だったのですか?
A3:ドラマのような親密な交流を裏付ける直接的な記録は確認されていません。ただし、二人が関わった大阪の実業界には接点があり、広岡家と五代の経済活動は同じ時代の大阪で交差していました。あさと五代の師弟関係は、史実をもとにしたドラマ上の創作です。
Q4:ディーン・フジオカは『青天を衝け』でも五代友厚を演じましたか?
A4:はい。2021年のNHK大河ドラマ『青天を衝け』でも五代友厚を演じています。『あさが来た』よりも野性味や鋭さを感じさせる人物像が描かれ、同じ俳優による異なる五代の表現が話題になりました。
Q5:2026年現在、『あさが来た』はどこで見られますか?
A5:2026年10月時点では、NHKオンデマンドの朝ドラ配信一覧に『あさが来た』全156回が掲載されています。各話の配信条件や料金は変更されることがあるため、視聴前に作品ページで確認してください。
ディーン・フジオカが『あさが来た』で演じた五代友厚は、ドラマの人気人物であると同時に、近代大阪の経済基盤づくりに貢献した実業家です。2016年1月22日の第95回で最期が描かれた後も、2月22日の第121回で再登場し、「五代様ロス」と呼ばれる反響とともに記憶に残る役となりました。
五代の功績を知るうえでは、大阪商工会議所の初代会頭を務めたことや、大阪株式取引所の設立に尽力したことが重要です。一方、あさとの親密な関係や、個人的な師弟関係については、史実とドラマの創作を区別して受け止める必要があります。
『あさが来た』で五代の人間的な魅力を味わい、『青天を衝け』で実業家としての別の顔を知り、さらに大阪商工会議所や日本取引所グループの歴史資料で実際の功績をたどる。この三つの視点を組み合わせると、五代友厚という人物をより立体的に理解できます。
2026年も俳優・ミュージシャンとして活動するディーン・フジオカ。そのキャリアの転機となった五代友厚役は、単なる人気キャラクターにとどまらず、歴史上の人物を現代の視聴者へ届けた代表的な仕事の一つです。作品を見返す際には、華やかな人物像の奥にある大阪の近代化という歴史にも目を向けてみてください。