「吟じます!」の掛け声と「あると思います」の決めゼリフで一世を風靡した芸人は、お笑いコンビ・天津の木村卓寛(きむら・たくひろ)です。2008年に下ネタと伝統芸能の詩吟を融合させた「エロ詩吟」でブレイクし、翌2009年には「あると思います」が新語・流行語大賞にノミネートされるなど、全国的な知名度を獲得しました。
その後、テレビ出演が減少する時期を経験した木村卓寛は、2021年に岩手県へ移住。岩手朝日テレビの情報番組『Go!Go!いわて』でMCを務め、地域に根ざした芸能活動へと軸足を移しました。2026年10月現在も同番組のMCとして公式サイトに掲載されており、岩手県の魅力を発信する活動も続いています。ブレイクのきっかけから、ブーム後の実態、相方・向清太朗とのコンビ活動まで、本人のインタビューや公式情報をもとに整理します。
【吟じます芸人は誰?天津・木村卓寛のプロフィール】

「吟じます芸人」「エロ詩吟の芸人」として知られる人物は、吉本興業所属のお笑い芸人・木村卓寛です。コンビ名は天津で、相方は漫画やアニメに詳しい芸人としても知られる向清太朗(むかい・せいたろう)。木村が詩吟ネタで注目を集めた一方、向も独自の活動領域を築いてきました。
吉本興業の公式プロフィールと岩手朝日テレビの番組情報によると、木村は1976年5月22日生まれ、兵庫県出身。1998年にNSC大阪校21期生として芸人への道を歩み、1999年に天津を結成しました。2026年10月時点では50歳です。
プロフィールを整理すると、次のとおりです。
- 芸名:天津木村
- 本名:木村卓寛
- 生年月日:1976年5月22日
- 出身地:兵庫県
- 所属:吉本興業
- 所属コンビ:天津
- 相方:向清太朗
- 主な持ち味:詩吟、トーク、情報番組のMC、地域の魅力を伝えるリポート
木村の経歴を語るうえで見逃せないのは、エロ詩吟が生まれる以前から、コンビとして漫才に取り組んでいたことです。2026年4月26日公開の東洋経済オンラインのインタビューでは、ブレイク前にバラエティー番組『ガチンコ!』のオーディションで全国2位になった経験や、『M-1グランプリ』で準決勝に進出した経歴も振り返っています。
つまり、エロ詩吟だけが突然生まれた芸ではありません。長く芸人として活動するなかで、木村の特技である詩吟をテレビで伝わりやすい形に変換したことが、転機につながりました。
【エロ詩吟の元ネタとは?「吟じます」のネタの特徴】
天津木村の代表ネタ「エロ詩吟」は、日本の伝統芸能である詩吟の節回しを使い、男女の恋愛や下心を題材にした文章を吟じる芸です。一般的な詩吟が漢詩や和歌などの内容を吟じるのに対し、木村は日常生活のなかにある男性の欲望や、思わず期待してしまう場面を笑いに変えました。
ネタの基本的な流れは、「吟じます!」と宣言し、状況を詩吟風に表現したあと、「なんだか今日いけそうな気がする~」などのフレーズを経て、「あると思います」で締めくくる構成です。2008年9月のORICON NEWSによる著書刊行記念イベントの報道でも、女性の部屋に下着が干してある場面を題材にしたネタが紹介されています。
検索されることの多い「吟じます 元ネタ」という疑問については、特定の漫画や映画のセリフをそのまま引用した芸というより、詩吟の様式を下ネタに応用した独自の笑いの形式と捉えるのが適切です。詩吟の厳かな雰囲気と、日常的で俗っぽい内容との落差が、ネタの中心にあります。
エロ詩吟の特徴は、大きく3つに分けられます。
- 伝統芸能とのギャップ:重厚な節回しで、くだけた内容を大まじめに表現する。
- 共感と意外性:恋愛や異性への期待など、誰もが状況を想像しやすい題材を使う。
- 覚えやすい決めゼリフ:「あると思います」という短いフレーズで笑いを締め、視聴者の記憶に残す。
この構成は、テレビの短い出演時間とも相性がよいものでした。前置きが長くなくてもネタの仕組みを理解しやすく、決めゼリフだけを切り取っても面白さが伝わります。芸の形式そのものに、繰り返し視聴者へ届けやすい特徴があったのです。
【天津木村がブレイクした理由と2009年流行語大賞の真相】
天津木村が広く知られるようになったのは2008年です。詩吟という古典的な表現方法に、テレビで扱いやすい下ネタと分かりやすい決めゼリフを組み合わせたことで、ほかの芸人と区別しやすい個性を確立しました。
東洋経済オンラインの2026年のインタビューによると、木村はブレイク前にコンビとして苦戦していた時期を経験しています。『M-1グランプリ』の準決勝進出などの実績がありながら、なかなか知名度が上がらなかった時期を経て、エロ詩吟で一気に注目を集めました。
ブレイクの要因を整理すると、次の3点が重要です。
- 芸の独自性:詩吟と下ネタという意外な組み合わせによって、ほかの芸人との差別化に成功した。
- テレビとの相性:短い時間でも笑いの構造が伝わり、決めゼリフが視聴者に浸透しやすかった。
- キャラクターの明確さ:「吟じます」と宣言するだけで、何が始まるのかを想像できる芸風を確立した。
加えて、2008年9月には『天津 木村のエロ詩吟、吟じます。』の刊行記念イベントが開かれ、ORICON NEWSやスポニチなどが報道しました。ネタがテレビ出演だけにとどまらず、書籍やイベントでも話題になっていたことが分かります。
続いて注目されたのが「あると思います」というフレーズです。2009年には新語・流行語大賞の候補語に選ばれ、木村の知名度を象徴する言葉になりました。ただし、ここには誤解しやすい点があります。
「あると思います」は2009年の流行語大賞の大賞受賞語ではありません。同年の大賞は「政権交代」で、トップテンには「こども店長」「草食男子」「歴女」などが選ばれました。「あると思います」はノミネートされたものの、トップテンには入りませんでした。東洋経済オンラインのインタビューでも、2009年のノミネートと、その翌年以降の仕事の減少について本人の回想が紹介されています。
流行語へのノミネートは、世間にフレーズが浸透した証拠です。しかし、流行語としての知名度がそのまま長期的な仕事の安定につながるわけではありません。木村のキャリアは、一つの強力なネタがブレイクを生むことと、ブームが落ち着いたあとも活動を続けることが別の課題であると示しています。
【ブレイク後の実態と2021年の岩手移住、その経緯】
エロ詩吟で全国的な知名度を獲得した木村ですが、その後は仕事が減少する時期を経験しました。2026年4月26日公開の東洋経済オンラインのインタビューでは、本人が2010年ごろから仕事が急激に減り、月収が3桁万円から1桁万円になったと振り返っています。
この数字が示すのは、単にテレビ出演が減ったというだけではありません。強いインパクトを持つ持ちネタで注目された芸人が、そのネタへの需要が落ち着いたときに、どのように活動の場を確保するかという問題です。木村はその後、芸人活動を続けながら、タレントのヒロミの専属運転手を務めたことでも知られるようになりました。
転機になったのが、岩手朝日テレビからの情報番組MCのオファーです。2021年3月12日、岩手朝日テレビは新番組『Go!Go!いわて』の開始を発表。木村を「いわて応援芸人」として起用し、番組のMCを任せることを明らかにしました。
当初、木村は東京から岩手へ通うことも考えていたと、2021年のABEMA TIMESのインタビューや2022年のスポニチの報道で紹介されています。しかし、当時運転手として働いていたヒロミから、番組のMCを任せてもらうことの意味や、現地に住んで地域の人々と関係を築くことの大切さを説かれ、移住を決意しました。
岩手朝日テレビの発表によると、木村は2021年3月中旬から岩手に移住。番組は同年4月3日にスタートしました。木村にとって、単に地方の番組に出演するだけではなく、活動拠点そのものを変える大きな選択となりました。
主な経歴を時系列で整理すると、次のとおりです。
| 時期 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1998年 | NSC大阪校21期生として活動を開始 | 芸人としての基礎を築く |
| 1999年 | お笑いコンビ・天津を結成 | 向清太朗とコンビ活動を開始 |
| 2008年 | エロ詩吟でブレイク | 「吟じます」「あると思います」が浸透 |
| 2009年 | 「あると思います」が新語・流行語大賞にノミネート | 大賞・トップテンの受賞ではない |
| 2010年ごろ | 仕事が減少 | 本人は月収が3桁万円から1桁万円に減ったと回想 |
| 2021年3月 | 岩手県へ移住 | 『Go!Go!いわて』のMC就任がきっかけ |
| 2021年4月 | 『Go!Go!いわて』放送開始 | 岩手を拠点に地域密着型の活動を展開 |
| 2026年 | 番組MCと岩手の魅力発信を継続 | 県の公式情報でもアンバサダーとして活動を確認 |
岩手移住は、芸人としてのキャリアを終える選択ではありませんでした。むしろ、全国区のブームで得た知名度や経験を生かしながら、新しい地域で仕事を組み立て直す転換点になったのです。
【天津木村の現在は?2026年最新の『Go!Go!いわて』と地域活動】
2026年10月現在、木村の活動を確認するうえで中心となるのが、岩手朝日テレビの情報番組『Go!Go!いわて』です。同局の公式番組ページには木村がMCとして掲載され、2026年10月24日放送回を含む番組内容も紹介されています。
同番組は2021年4月3日に始まった土曜朝の情報番組です。岩手県内のスポットや食、地域の取り組みなどを取り上げ、県民に寄り添った情報を届けることを目指しています。木村はMCとして番組を進行するだけでなく、県内各地を訪れる企画「天津木村のどっかええトコありますか?」などにも関わっています。
エロ詩吟で知られる芸人が、地域情報番組のMCを務める。この変化は、木村のキャリアを理解するうえで重要です。全国放送のバラエティーで瞬間的な笑いを生み出す役割から、地域の魅力を発見し、視聴者へ伝える役割へと、仕事の中心が広がっています。
2022年7月のスポニチの報道では、木村は岩手でエロ詩吟を披露するよう求められることが少ないと説明し、地域の魅力を題材にした穏やかな詩吟を披露していました。つまり、かつての持ちネタを完全に否定するのではなく、土地や番組の視聴者に合わせて表現を変えているのです。
地域活動も継続しています。岩手県の公式ページによると、木村は2021年8月から「いわて暮らしアンバサダー」を務め、県内で暮らす魅力の発信に協力しています。加えて、岩手県が2026年7月に公開した知事との意見交換会の開催レポートでは、2026年5月27日の会合に木村がアンバサダーとして参加したことが確認できます。
また、ラジオ関西の2024年のインタビューでは、木村が岩手での暮らしについて語り、地域の食や自然、人との交流などの魅力を紹介しています。テレビ出演にとどまらず、メディアや地域PRの仕事を通じて、岩手との結びつきを深めてきたことが分かります。
2026年の木村を「エロ詩吟で一発当てた芸人」とだけ捉えると、現在の仕事を見誤ります。公式情報から確認できるのは、ローカル番組のMC、地域情報の発信、県のアンバサダー活動という複数の仕事を持つ姿です。現在の活動の中心は、過去のブームを再現することではなく、岩手で継続的に価値を届けることにあります。
【天津のコンビ活動は?相方・向清太朗との現在地】
木村が岩手へ移住したことで、天津のコンビ活動はどうなったのでしょうか。相方の向清太朗は、漫画やアニメに関する知識を生かした活動などを展開しており、木村とは異なる領域で仕事を広げてきました。
コンビの活動拠点が分かれたからといって、天津が解散したわけではありません。2023年の日刊スポーツの報道では、木村が岩手で再び注目を集める一方、向もアニメ関連の仕事を多く抱えていると紹介されました。また、天津として岩手県内でお笑いライブを開催していることも伝えられています。
加えて、フジテレビが発表した『THE SECOND~漫才トーナメント~2025』の公式情報では、天津がノックアウトステージに進出する32組の一つとして掲載されました。これは、木村と向がコンビ名義で漫才に取り組んでいることを示す実績です。
現在の天津は、コンビとしての活動と、それぞれの個人活動を並行させる形にあります。木村は岩手で情報番組や地域PRに力を入れ、向は自身の得意分野を生かして仕事を展開する。活動の方向性が異なっても、コンビとしての漫才を続けられることは、長く活動する芸人にとって一つの選択肢です。
なお、2026年のコンビとしての定期公演の頻度や、今後のライブ予定については、最新の公式告知を確認する必要があります。少なくとも2025年の『THE SECOND』出場実績からは、天津のコンビ活動が過去のものになったわけではないことが分かります。
【プロの結論】天津木村の再ブレイクを支えたものは何か
天津木村のキャリアを振り返ると、最初のブレイクと岩手移住後の活躍には、異なる成功の仕組みが見えてきます。
2008年のエロ詩吟は、独自の芸風と分かりやすい決めゼリフによって、短期間で全国的な知名度を獲得しました。一方、2021年以降の岩手での活動は、毎週の番組出演を通じて地域の人々や情報に継続的に向き合う仕事です。瞬間的な話題性だけではなく、地域での信頼や経験の蓄積が大切です。
2026年4月の東洋経済オンラインのインタビューで語られた収入減少の経験は、ブレイク後の厳しさを物語っています。しかし、木村は芸人としての活動を続け、MCや地域PRという新しい役割を獲得しました。岩手朝日テレビからのオファーを受け、実際に移住する決断をしたことが、その後のキャリアを形作る大きな転換点になりました。
この経歴から読み取れるのは、芸能人の価値が一つの代表ネタだけで決まるわけではないということです。持ちネタが広く知られることは大きな強みですが、その後も仕事を続けるには、トーク、進行、取材、地域との関係づくりなど、別の能力を組み合わせる必要があります。
木村の場合、詩吟という特技は、エロ詩吟だけでなく、岩手の魅力を伝える表現にも応用できました。過去の成功をそのまま再現するのではなく、場所や役割に応じて芸の使い方を変えたことが、活動を続けるうえで重要だったと考えられます。
2026年現在の木村を評価する際は、昔の決めゼリフをどれだけ披露しているかだけで判断するのではなく、地域番組での役割、岩手県の公式活動、コンビとしての漫才実績など、複数の側面を見ることが大切です。
【吟じます芸人】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:吟じます芸人は誰ですか? A1:お笑いコンビ・天津の木村卓寛です。「吟じます!」の掛け声と「あると思います」の決めゼリフで知られ、2008年にエロ詩吟でブレイクしました。
Q2:天津木村の「あると思います」は流行語大賞を受賞しましたか? A2:2009年の新語・流行語大賞にノミネートされましたが、大賞やトップテンの受賞語ではありません。候補語に選ばれたことと、賞を受賞したことは区別する必要があります。
Q3:天津木村は2026年現在、何をしていますか? A3:岩手朝日テレビの情報番組『Go!Go!いわて』でMCを務めています。岩手県の「いわて暮らしアンバサダー」としての情報発信や、地域に関わる活動も続けています。
Q4:天津木村はなぜ岩手県に移住したのですか? A4:2021年に『Go!Go!いわて』のMC就任が決まったことがきっかけです。当初は東京から通うことも考えていましたが、当時仕事で関わりのあったヒロミの助言もあり、岩手に住んで地域に向き合う決断をしました。
Q5:天津は解散したのですか? A5:解散したわけではありません。相方の向清太朗は個人の仕事も展開しており、天津としても漫才に取り組んでいます。2025年には『THE SECOND~漫才トーナメント~』のノックアウトステージに進出しました。
「吟じます芸人」といえば天津木村卓寛。2008年のエロ詩吟でブレイクし、「あると思います」が2009年の新語・流行語大賞にノミネートされたことは、現在も広く知られる経歴です。一方で、ブーム後には仕事が減少する時期を経験し、芸人としての活動を続けるために新しい道を模索してきました。
2021年の岩手移住と『Go!Go!いわて』のMC就任は、そのキャリアを大きく変えた出来事です。2026年10月現在も番組MCとして活動し、岩手県のアンバサダーとして地域の魅力を発信しています。天津としての漫才活動も続いており、過去の持ちネタだけに依存しない働き方を築いてきました。
木村卓寛の歩みは、一時的なブレイクを長期的なキャリアへつなげるには、環境の変化を受け入れ、自分の強みを別の仕事に生かすことが大切だと教えてくれます。「あると思います」という決めゼリフは、かつてのブームを象徴する言葉です。そして2026年の木村の活動は、芸人として新しい可能性を切り開く道もまた「あると思います」と示しています。