「鳥貴族」とSUPER EIGHTの大倉忠義さんには、どのような関係があるのでしょうか。実は、大倉忠義さんは、焼き鳥チェーン「鳥貴族」を創業した大倉忠司さんの長男です。1985年に誕生した鳥貴族と同じ年に生まれ、幼い頃から父親の事業の成長を見てきました。
2025年には鳥貴族の創業40周年を記念したコラボレーションが実現し、監修メニューの販売や親子初共演の対談動画、1号店「俊徳店」の復活が話題になりました。一方で、忠義さんが鳥貴族を継ぐという見方については、父親が以前から息子たちに会社を継がせない方針を示していた経緯があります。2026年の活動も踏まえ、親子関係、継承説の真相、経営者としての現在地を整理します。
【鳥貴族と大倉忠義はどんな関係?父・大倉忠司との親子関係】

鳥貴族と大倉忠義さんの関係を理解するうえで、最初に押さえておきたいのは、単なる有名チェーン店と芸能人のコラボではないという点です。忠義さんの父親は、鳥貴族を一代で成長させた創業者の大倉忠司さん。親子でありながら、それぞれ異なる分野でキャリアを築いてきました。
大倉忠義は鳥貴族の創業者の長男大倉忠義さんは1985年5月16日生まれ。鳥貴族の1号店「俊徳店」が大阪府東大阪市にオープンしたのは、同年5月1日です。鳥貴族の創業からわずか15日後に忠義さんが生まれたことから、2025年の40周年企画では、両者が同じ年に歩み始めたことも紹介されました。
忠義さんはアイドル、ドラマー、俳優として活動し、SUPER EIGHTのメンバーとして知られています。一方、父親の忠司さんは飲食業を中心に事業を拡大してきた経営者です。親子で活躍する業界が異なることが、鳥貴族の後継者をめぐる話題にもつながっています。
なお、忠義さんが鳥貴族の創業者の息子であることを、長年にわたって積極的に公言してこなかった理由も、2025年の40周年記念イベントで明らかになりました。忠義さんによると、父親から「お前が所属している会社の名前で有名になりたくないんや」と言われたことがあり、その言葉を気にしていたそうです。親の会社の知名度に頼らず、自分の芸能活動で評価されたいという考えが背景にありました。
この経緯からは、親子の関係を隠していたというよりも、父親が築いた企業のブランドと、自分自身の芸能人としての評価を分けて考えていたことがうかがえます。2025年のコラボは、その関係を公の場で語る大きな節目になりました。
父親との関係は悪い?親子共演で見えた距離感父子の関係については、2024年7月放送の日本テレビ系「しゃべくり007」や、2025年4月の40周年記念イベントで、忠義さん本人がエピソードを語っています。
2024年の番組では、幼い頃の父親は事業拡大に忙しく、家にほとんどいなかったと振り返りました。一方、2025年の記念イベントでは、父親と一緒に飲む機会もあることや、今回の企画を通じて親子で思い出を共有できたことを語っています。
さらに2026年2月のテレビ朝日系番組では、父親から幼少期に「人の長所を見ろ」と教えられたことや、夢を諦めない姿勢を支えてもらったことを明かしました。これらの発言を見る限り、父親との関係を単純な不仲や確執として捉えるのは適切ではありません。仕事の領域は異なっていても、互いの歩みを尊重する関係がうかがえます。
【大倉忠司の経歴と鳥貴族1号店「俊徳店」の歩み】
鳥貴族の後継者問題を考えるには、創業者の大倉忠司さんがどのように事業を築いたのかを知る必要があります。現在の大手チェーンという姿だけを見ると、最初から大規模な経営基盤があったように感じられる可能性があります。しかし、鳥貴族の出発点は、東大阪市の1店舗でした。
大倉忠司のプロフィールと創業までの経歴大倉忠司さんは1960年2月4日生まれ、大阪府出身。辻調理師専門学校を卒業後、大手ホテルや焼き鳥店で経験を積み、1985年に25歳で鳥貴族の1号店を開業しました。
経営者インタビューなどでは、焼き鳥を焼きながらお客さんの表情を見て、飲食店には人を幸せにする力があると感じたことが、事業を広げる動機になったと語っています。創業時から掲げてきた「焼鳥屋で世の中を明るくしていきたい」という思いは、同社の企業理念にもつながっています。
翌1986年には運営会社を設立。鳥貴族は関西を中心に店舗網を拡大し、2005年には東京へ進出しました。2014年には鳥貴族ホールディングスが上場し、その後は海外展開も進めています。2024年には企業グループの名称をエターナルホスピタリティグループへ変更し、国内の飲食チェーンにとどまらない成長を目指しています。
鳥貴族の経緯を年表で整理創業から2026年までの主な出来事を
| 時期 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1985年5月1日 | 鳥貴族1号店「俊徳店」が東大阪市に開業 | 大倉忠司さんが25歳で創業 |
| 1985年5月16日 | 大倉忠義さんが誕生 | 鳥貴族と忠義さんは同じ年に歩み始めた |
| 1986年 | 運営会社を設立 | 個店から企業としての成長へ |
| 2005年 | 東京へ進出 | 関西中心の店舗展開から全国展開へ |
| 2008年 | 旧1号店の俊徳店が閉店 | 駅前の再開発が背景にあった |
| 2014年 | 鳥貴族ホールディングスが上場 | 企業としての成長が新たな段階へ |
| 2024年 | エターナルホスピタリティグループへ名称変更 | グループの海外展開を見据えたブランド再編 |
| 2025年5月 | 創業40周年、忠義さんとのコラボを実施 | 親子初共演と俊徳店の復活が実現 |
| 2026年 | 俊徳店の営業継続と記念施設の運営 | 創業の歴史を伝える拠点として展開 |
会社概要や創業40周年の公式発表、東大阪市の地域報道によると、俊徳店は2008年に閉店した後、40周年企画の一環として2025年5月1日に復活しました。当初は期間限定営業の予定でしたが、利用客から継続を望む声が寄せられ、同年11月以降も営業することが決定しています。
2026年10月時点でも、鳥貴族の公式店舗情報には俊徳店が掲載されています。創業当時の雰囲気を再現した店内や一部の復刻メニューを楽しめるほか、2階には鳥貴族記念館も設けられています。俊徳店は単なる懐かしい店舗ではなく、創業者の歩みと企業の歴史を伝える場所になっています。
【鳥貴族を継がない理由は?父の方針と本人の発言】
大倉忠義さんについて検索すると、「鳥貴族を継がない理由」や「後継者になる可能性」といった疑問が多く見られます。こうした関心の背景には、創業者の長男であることに加え、忠義さん自身が芸能活動の外でも経営に関わるようになったことがあります。
父・大倉忠司が息子に会社を継がせないと決めた理由2017年のテレビ番組出演時、忠司さんは、忠義さんを含む3人の息子に会社を継がせる考えはないと説明しました。創業当初から、子どもに会社を引き継がせるのではなく、社内で経験を積んだ人材から後継者を選びたいという方針を持っていたと報じられています。
その背景にあるのは、親族への承継を前提にすると、企業の成長や組織運営に影響が出る可能性があるという考えです。血縁を優先するのではなく、事業を理解し、組織を率いる力を持つ人材に任せる。鳥貴族の創業者は、後継者を家族の中だけに限定しない姿勢を示してきました。
2024年7月放送の「しゃべくり007」でも、忠義さんは「それは昔から継がせないというのは言われていて」と説明しています。当時は店舗数も少なかった時代で、父親が早くからその方針を伝えていたことが分かります。
「継がせてもらえなかった」という発言の意味同番組で忠義さんは、焼き鳥店を継ぐことを望んでいなかった時期を振り返りながら、父親の方針を冗談交じりに語りました。発言の一部だけを切り取ると、父親への不満があるようにも受け取れますが、番組でのやり取りは笑いを交えたものでした。
重要なのは、忠義さんが鳥貴族を継がない理由を、親子関係の悪化や経営能力の問題として説明しているわけではないことです。本人の発言から確認できるのは、父親が息子への承継を望んでいなかったこと、そして忠義さん自身も芸能活動に専念していたという事情です。
経営への関心はあるが、鳥貴族の後継者とは別の話一方、2024年の番組では、忠義さんが飲食店のオーナーと会い、経営について話を聞く機会が増えていることも紹介されました。父親からは、会社経営について質問されることが増えたという話や、忠義さんが仕事の現場を見てみたいと話したエピソードも明かされています。
ただし、経営への関心があることと、鳥貴族の経営を引き継ぐことは同じではありません。2026年2月の著書発売時の取材では、忠義さんは父親に経営の相談をすることはなく、周囲のスタッフから学んでいると説明しています。
現在の公表情報からは、忠義さんが鳥貴族の経営に参加したり、後継者として指名されたりした事実は確認できません。経営への興味を示す発言はあっても、それだけで継承が決まったと判断することはできません。
【2025年の鳥貴族40周年コラボとは?限定メニューと親子共演】
鳥貴族と大倉忠義さんの関係が広く注目されるきっかけになったのが、2025年4月21日に発表された40周年記念コラボです。鳥貴族の創業40周年と忠義さんの芸能活動20周年という節目が重なり、親子の関係を公の場で語る機会が生まれました。
大倉忠義監修のコラボメニューは2品鳥貴族の公式発表によると、2025年5月1日から、忠義さんが監修した数量限定メニュー2品が販売されました。メンバーカラーとして知られるグリーンを取り入れ、ボリューム感にもこだわった商品です。
- 串ナゲットグリーン:ささみのチキンナゲット串8本に、のり塩をトッピングしたメニュー。
- ニラ玉グリーン:むね串のタレ焼きに、ニラと半熟卵をたっぷり載せたメニュー。
どちらも税込390円で、各100万食、合計200万食限定として提供されました。販売開始日は鳥貴族の創業40周年当日です。なお、これは2025年の期間限定企画であり、2026年現在も通常販売されていることを意味するものではありません。
親子初共演の対談動画と記念グッズ今回の企画では、忠司さんと忠義さんが初めて親子で共演する対談動画も公開されました。「これまで篇」と「これから篇」の2本で、鳥貴族の40年を振り返りながら、親子それぞれの思いや今後について語る内容です。
加えて、忠義さんが直筆した「すーぱーうぬぼれ中」の文字を使った記念グッズのプレゼントキャンペーンも実施されました。限定メニューの販売だけではなく、親子の関係や創業者の思いをファンに伝える仕掛けが組み合わされていた点が特徴です。
俊徳店の復活を提案したのは大倉忠義40周年企画で特に注目されたのが、鳥貴族の1号店「俊徳店」の復活です。忠義さんは2024年、鳥貴族の公式Xアカウントの投稿をきっかけに、閉店していた1号店を復活させてほしいという趣旨のメッセージを送りました。これが復活プロジェクトにつながったと報じられています。
2025年5月1日、俊徳店は創業当時の雰囲気を再現して復活しました。当初は10月末までの期間限定営業でしたが、好評を受けて11月以降も営業を継続することになりました。2026年には復活1周年を迎え、創業当時の価格を再現する記念企画も行われています。
この流れから分かるのは、忠義さんが鳥貴族の後継者として事業に参加したわけではなく、創業者の息子として思い出の場所の復活を提案し、40周年企画に協力したということです。親子共演は、経営承継の発表ではなく、企業の歴史を振り返る記念企画として位置づけられます。
【2026年の大倉忠義は?J-pop Legacyと経営者としての活動】
2026年の大倉忠義さんを理解するうえでは、鳥貴族との関係だけでなく、本人が取り組むエンターテインメント分野の事業にも目を向ける必要があります。忠義さんはアイドル・俳優としての活動を続けながら、後進の育成やコンテンツ制作にも関わっています。
J-pop Legacyを設立し、芸能分野のプロデュースに取り組む忠義さんは2024年7月、タレントのプロデュースや育成、新たなコンテンツ開発などを目的とする会社「J-pop Legacy」を設立しました。2025年5月からは、STARTO ENTERTAINMENTがジュニアの育成・発掘や対象アーティストのプロデュース業務の一部を同社に委託することも発表されています。
これは、忠義さんが単に芸能活動を続けるだけでなく、人材を育て、企画を形にする側へと仕事の領域を広げていることを示しています。鳥貴族のような飲食企業の経営ではなく、エンターテインメントの企画・制作・育成に軸足を置いた活動です。
2026年の活動と著書「アイドル経営者」2026年2月1日には、初著書「アイドル経営者」(講談社)の発売記念会見を行いました。同書では、後進育成の立場から自らに課す45のルールをまとめています。忠義さんは、約8か月かけて執筆したことや、自分の言葉で表現することを大切にしたと語っています。
また、J-pop Legacyの公式サイトでは、2026年6月にドキュメンタリーシリーズ「POTENTIAL 大倉忠義」の配信が告知されました。プロデューサーとしての忠義さんの活動や、成長していくジュニアたちに焦点を当てた企画です。エンタメマガジン「Zessei」の編集長としての活動なども紹介されており、事業領域が人材育成やコンテンツ制作に広がっていることが分かります。
SUPER EIGHTとしての活動も続いています。STARTO ENTERTAINMENTの公式情報では、2026年10月にもグループ関連のリリースやイベント情報が更新されています。つまり、2026年の忠義さんは芸能活動を離れて飲食業へ移るのではなく、アイドル活動とプロデュース業を並行して進めている状況です。
父親の会社とは異なる分野で経営経験を積む忠義さんが経営者として活動していることは、鳥貴族の後継者になるという噂を強める要因にもなっています。しかし、J-pop Legacyの事業目的はエンターテインメント分野にあり、鳥貴族の飲食事業とは別です。
父親が飲食店の現場から企業を成長させたのに対し、忠義さんは芸能活動で培った経験を生かし、人材育成やプロデュースに取り組んでいます。親子で「経営」に関わっていても、扱う事業、必要な専門性、組織の目的は異なります。
この違いを押さえることが、鳥貴族の継承説を正しく理解するためのポイントです。忠義さんが経営者として経験を積んでいるという事実は、鳥貴族を継ぐことが決まったという意味ではありません。
【鳥貴族の継承は今後あり得る?噂と公表事実を整理】
では、将来的に大倉忠義さんが鳥貴族を継ぐ可能性はあるのでしょうか。将来の経営体制を断定することはできませんが、これまでの発言や公表された活動を整理すると、現時点で確認できる事実と、ネット上で語られる予測を区別できます。
現時点で確認できること第一に、創業者の忠司さんは、息子たちに会社を継がせないという方針を以前から明らかにしています。第二に、忠義さん自身も2024年の番組で、父親から継がせないと言われていたと説明しました。第三に、2025年の40周年コラボは、創業者の息子として参加した記念企画であり、経営陣への就任や後継者指名の発表ではありません。
一方で、忠義さんが経営に関心を示したことや、自ら会社を設立したことも事実です。ただし、本人が事業を経営していることと、父親の企業を引き継ぐことは別の問題です。現在の公表情報には、忠義さんが鳥貴族の経営を承継するという正式発表はありません。
後継者を判断するうえで見るべきポイント企業の承継について判断する場合、血縁関係や親子共演だけでなく、本人の役職、会社側の発表、経営体制の変更などを確認する必要があります。特に上場企業グループでは、後継者の選定は企業統治や株主、従業員、取引先にも関わる問題です。
鳥貴族の40周年コラボは、親子の関係を公にし、創業の歴史を次世代へ伝える意味のある企画でした。しかし、企業の歴史を一緒に振り返ることと、経営権を引き継ぐことは同義ではありません。
今後、忠義さんが鳥貴族の経営に関与する可能性を完全に否定することもできませんが、現在の方針と本人の活動を踏まえる限り、継承が決まったとみなす根拠はありません。現時点では、父親は飲食事業、忠義さんは芸能・エンターテインメント事業という、それぞれの分野で活動していると理解するのが自然です。
【鳥貴族大倉忠義】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:大倉忠義は鳥貴族の社長の息子ですか?
A1:はい。大倉忠義さんは、鳥貴族の創業者でエターナルホスピタリティグループ代表取締役社長CEOを務める大倉忠司さんの長男です。
Q2:大倉忠義が鳥貴族を継がない理由は何ですか?
A2:父親の忠司さんが、創業当初から息子たちに会社を継がせず、社内で経験を積んだ人材から後継者を選びたいという方針を示してきたためです。忠義さん自身も、父親から継がせないと言われていたと語っています。
Q3:2025年の鳥貴族40周年コラボでは何が行われましたか?
A3:忠義さん監修の「串ナゲットグリーン」「ニラ玉グリーン」の販売、親子初共演の対談動画、記念グッズのキャンペーン、1号店「俊徳店」の復活などが実施されました。コラボメニューは各100万食限定で、税込390円でした。
Q4:鳥貴族1号店の俊徳店は2026年も営業していますか?
A4:はい。公式店舗情報では、東大阪市の俊徳店が掲載されています。当初は期間限定で復活しましたが、好評を受けて2025年11月以降も営業が継続され、創業の歴史を伝える店舗として運営されています。
Q5:大倉忠義は2026年、どのような経営活動をしていますか?
A5:2024年に設立したJ-pop Legacyを通じて、ジュニアの育成・発掘やアーティストのプロデュース、コンテンツ制作などに取り組んでいます。2026年には著書「アイドル経営者」の発売や、ドキュメンタリーシリーズ「POTENTIAL 大倉忠義」の告知もありました。これらは鳥貴族の飲食事業とは別の活動です。
鳥貴族と大倉忠義さんの関係は、創業者の父と長男という親子関係を基盤にしています。2025年の創業40周年コラボでは、忠義さん監修の限定メニューや親子初共演の対談、俊徳店の復活が実現し、長年公に語られてこなかった親子のつながりが注目を集めました。
一方、鳥貴族を継ぐという噂については、父親が以前から息子への承継を望まない方針を示していたことが重要です。2026年現在、忠義さんが鳥貴族の後継者に指名されたという正式発表はありません。
忠義さんはJ-pop Legacyを通じて、芸能活動に加え、人材育成やプロデュースの分野でもキャリアを広げています。父親が築いた飲食企業を継ぐことと、自らエンターテインメント事業を経営することは別の道です。今後の動向を見る際は、親子共演や経営への関心だけで判断せず、本人の発言、企業の公式発表、実際の役職や事業内容を基準にすることが大切です。