ダンプ松本さんは2026年現在、65歳を迎えた現役の女子プロレスラーであり、タレント・女優としても知られる存在です。本名は松本香(まつもと・かおる)。1980年代に「極悪同盟」を率い、長与千種さんとの壮絶な敗者髪切りデスマッチで女子プロレス史に名を刻みました。
現在の動向で注目されるのは、2026年1月に膝の手術を受け、リング復帰を目指してリハビリに取り組んでいることです。加えて、Netflixシリーズ『極悪女王』の配信によって、かつてのプロレスブームを知らない世代にも、その名前と生き方が改めて知られるようになりました。ここでは、所属事務所の公開プロフィール、2026年の近況報道、女子プロレス専門メディアの記録などをもとに、現在の活動から伝説の試合、人物像、評判まで整理します。
【2026年最新】ダンプ松本の現在は?65歳で現役、膝の手術後の近況

2026年10月現在のダンプ松本さんは、1980年代の女子プロレスブームを代表するレジェンドレスラーです。1988年に一度引退したものの、2003年に本格復帰し、その後もプロレスラーとしてリングに立ってきました。現在を理解するうえで重要なのは、過去の引退と、その後の復帰を区別することです。
2026年の近況として大きく報じられたのが、1月の膝の手術です。スポニチアネックスやテレビ朝日系の報道によると、本人は1月28日に入院を報告し、翌29日に手術を受けることを明らかにしました。手術前には、医師に任せる部分と自分が取り組むリハビリを分けて考え、リングに戻る意欲を伝えています。
その後、1月30日には手術が無事に終わったことを報告。J-CASTニュースが2026年2月5日に伝えた経過報告では、2月初めからリハビリを少しずつ始めていたことも紹介されました。本人は体調を整え、再びリングに戻るために努力する姿勢を示しています。
ただし、手術を受けたことと、通常どおり試合に出場できる状態に戻ったことは別です。2026年初頭の報道から確認できるのは、手術後にリハビリを開始し、復帰への意欲を表明したところまでです。復帰日程や、現在どの程度の試合出場が可能なのかについては、具体的な公表情報と切り分けて考える必要があります。
一方、プロレス以外にも本人の発信の場があります。2026年1月の投稿では、自身のYouTubeチャンネル「ダンプちゃんねる マジだぜ」の更新にも触れていました。リングでの活動に加え、動画などを通じてファンと接点を持っていることも、現在の活動を知る手がかりです。
【プロフィール一覧】本名・年齢・身長体重・出身地・所属事務所を整理
ダンプ松本さんの本名は松本香です。リングネームの強烈な印象から、芸名と本名を別人のように感じる人もいる可能性がありますが、松本香として全日本女子プロレスに入門し、のちにダンプ松本という名前で全国的な知名度を獲得しました。
所属事務所のえりオフィスが公開しているプロフィールでは、生年月日は1960年11月11日、出身地は埼玉県熊谷市、身長164cm、体重100kgとされています。体重は公開プロフィールに記載された数値であり、2026年現在の実測値を示すものとは限りません。
| 項目・時期 | 内容 | 補足 |
|---|---|---|
| 本名 | 松本香 | 読み方は「まつもと・かおる」 |
| 生年月日・年齢 | 1960年11月11日・65歳 | 2026年10月26日時点。11月11日に66歳 |
| 出身地 | 埼玉県熊谷市 | 所属事務所の公開プロフィールに記載 |
| 身長・体重 | 164cm・100kg | 公開プロフィール上の数値 |
| 所属事務所 | えりオフィス | タレント・女優としての活動窓口 |
| 1980年 | 全日本女子プロレスでデビュー | 本名の松本香としてキャリアを開始 |
| 1984年 | ダンプ松本に改名、極悪同盟を結成 | クラッシュ・ギャルズとの抗争で注目を集める |
| 1985年・1986年 | 長与千種との敗者髪切りデスマッチ | 大阪城ホールで2度対戦 |
| 1988年 | プロレス引退 | 後年の現役復帰とは区別される節目 |
| 2003年 | プロレスラーとして本格復帰 | 以後も現役選手として活動 |
| 2024年 | Netflix『極悪女王』が配信 | 本人の半生を題材にしたドラマが再注目のきっかけに |
| 2026年 | 膝の手術とリハビリ | リング復帰への意欲を表明 |
この経歴から分かるのは、ダンプ松本さんが単に1980年代の人気レスラーだったわけではないということです。引退後も芸能活動を行い、2003年にレスラーとして復帰。年齢を重ねた現在もプロレスラーの肩書きを持ち、タレント・女優としての活動歴も積み重ねています。
また、えりオフィスの公開プロフィールには、テレビ番組への出演歴やイベント出演情報も掲載されています。過去の代表的な活動には、テレビドラマや舞台への出演、著書『長女はつらいよ―だけど、元気もりもり』(1994年)などがあります。リング上のキャラクターだけでは捉えきれない、幅広い芸能活動の経歴です。
【現役プロレスの実態】1988年に引退したダンプ松本が2003年に復帰した理由
「ダンプ松本は引退したのでは?」という疑問が生まれるのは、1988年の引退が大きな節目として記憶されているからです。女子プロレスの歴史を振り返ると、ダンプ松本さんは人気絶頂期にプロレス界から一度身を引き、その後、2003年に本格復帰しています。
1988年の引退試合は、女子プロレス専門メディアのBBMスポーツが『週刊プロレス』の記事をもとに紹介しています。長与千種さん、ライオネス飛鳥さん、大森ゆかりさんらとリングで対峙し、流血を伴う激しい試合を展開。試合後には長与さんとのやり取りもあり、単純な敵対関係だけでは語れない場面が残されました。
その後、2003年に本格的な現役復帰を果たします。小学館の紹介記事や双葉社のインタビュー記事でも、2003年以降にプロレスラーとして再び活動していることが説明されています。したがって、「1988年に引退したから、現在はプロレスをしていない」という理解は正確ではありません。
では、65歳になった現在も現役であることは、どう捉えるべきなのでしょうか。プロレスは、選手の年齢だけでなく、試合形式や役割、コンディションによって活動の仕方が変わる競技です。過去のような頻度や負荷で試合を続けることと、現役選手として活動を継続することは同じではありません。
特に2026年は膝の手術が報じられています。復帰を目指す本人の姿勢は明らかですが、具体的な復帰時期や試合数を年齢だけから推測することはできません。現在のダンプ松本さんを評価するなら、かつての激しいファイトスタイルと、年齢や身体の状態に応じた今後の活動を分けて見ることが大切です。
【極悪同盟と長与千種】2度の敗者髪切りデスマッチが伝説になった理由
ダンプ松本さんの名前を女子プロレス史に刻んだ最大の要素が、ヒール軍団「極悪同盟」と、長与千種さん・ライオネス飛鳥さんによる「クラッシュ・ギャルズ」との抗争です。1980年代の女子プロレスは、試合だけでなくテレビや音楽活動も含めて大きな人気を集めていました。その中心にあったのが、正統派のクラッシュ・ギャルズと、凶器攻撃を織り交ぜる極悪同盟の対立です。
ダンプ松本さんは1984年にリングネームを変更し、極悪同盟を結成。鎖や竹刀、一斗缶、フォークなどを用いる過激なファイトスタイルで知られるようになりました。相手を倒すことだけでなく、観客の怒りや恐怖を引き出し、試合そのものを忘れられない出来事に変えることが、ヒールとしての役割でした。
なかでも有名なのが、長与千種さんとの敗者髪切りデスマッチです。女子プロレス専門メディアのBBMスポーツが掲載した当時の試合記録によると、1985年8月28日、大阪城ホールで行われた第1戦ではダンプ松本さんが勝利。長与さんがリング上で髪を切られるという衝撃的な結末を迎えました。当日は約1万1,000人の観衆が詰めかけ、試合は11分4秒で決着しています。
この一戦が特別だったのは、勝敗だけではありません。長与さんはクラッシュ・ギャルズの人気を支える存在であり、その髪を切る行為は、観客にとって単なる試合上の罰則以上の意味を持っていました。テレビ中継をめぐって抗議が殺到したことも、当時の熱狂と衝撃の大きさを物語っています。
さらに1986年11月7日、大阪城ホールで再戦が実現します。今度は長与さんが勝利し、ダンプ松本さん自身が丸刈りになるという逆転の結末となりました。BBMスポーツの『週刊プロレス』関連記事では、ダンプさんが堂々と髪を刈られる姿や、試合後の強気な発言も記録されています。
つまり、この敗者髪切りデスマッチは1度だけではありません。1985年にはダンプ松本さんが長与さんを丸刈りにし、1986年には長与さんがダンプさんを丸刈りにしました。2度の対戦によって、両者の抗争は一方的な悪役の勝利では終わらない物語となったのです。
極悪同盟のファイトスタイルは、現在の視点では過激に映る部分もあります。しかし、歴史的な意味を考える際には、試合内容だけでなく、当時のテレビ放送、観客の反応、選手のキャラクターづくりが一体となって女子プロレスの人気を押し上げた点も見逃せません。
【ダンプ松本とアジャ・コングの関係】恐れられたヒールが後輩に示した一面
ダンプ松本さんは、観客から恐れられるヒールとして知られています。しかし、リング上で演じるキャラクターと、後輩レスラーとの関係を同じものとして捉えると、人物像を見誤ることになります。その違いを考えるうえで興味深いのが、後輩のアジャ・コングさんとの関係です。
2016年のアジャ・コングさんのインタビューでは、若い頃は極悪同盟を悪役として嫌っており、ダンプ松本さんに対しても露骨に嫌な態度を取っていたことが語られています。一方で、ダンプさんはそのような態度を取るアジャさんにも歩み寄り、気にかけていたといいます。
アジャさんは、1988年にダンプさんが引退した後になって、その気遣いに気づき、偉大な人物だったと認識するようになった趣旨の発言をしています。ここから浮かび上がるのは、観客に嫌われる役割を担っていた選手が、後輩に対しては異なる接し方をしていたという姿です。
このエピソードは、プロレスのヒールという役割を考えるうえでも重要です。リング上で観客の怒りを買うことと、実際の人間関係で相手を傷つけることは同義ではありません。ダンプ松本さんは、リング上のキャラクターを徹底する一方、後輩との関係では別の顔を見せていたことが、関係者の証言からうかがえます。
また、極悪同盟でともに活動したブル中野さんも、ダンプ松本さんの存在を語るうえで欠かせない人物です。ヒールの先頭に立つことは、観客から嫌われるだけでなく、試合の構成や対戦相手との関係を背負うことでもあります。ダンプさんが築いた立ち位置は、後輩たちが自分の役割を考える際にも大きな意味を持ったと考えられます。
「怖い人」「残虐なレスラー」という印象だけで人物像を固定せず、後輩の証言やキャリアの経緯も合わせて見ることが、ダンプ松本さんの現在の評判を理解する手がかりになります。
【タレント・女優としての現在】えりオフィス所属と『極悪女王』で再評価
ダンプ松本さんはプロレスラーとしてだけでなく、タレント・女優としても活動してきました。1980年代の人気絶頂期にはテレビドラマなどにも出演し、1988年の引退後も芸能活動を続けました。2003年の現役復帰後は、リングと芸能活動の両方に関わるキャリアを築いています。
所属事務所のえりオフィスが公開しているプロフィールには、テレビ番組やイベントの出演情報が掲載されています。2025年には日本テレビ系『有吉の壁』や『しゃべくり007』などの出演情報が記載され、テレビ番組への出演実績を確認できます。ただし、これらは2025年までの掲載情報であり、2026年の出演予定を示すものではありません。
芸能活動を語るうえで欠かせないのが、2024年9月19日にNetflixで世界独占配信が始まったシリーズ『極悪女王』です。Netflixの公式発表によると、この作品はダンプ松本さんの知られざる半生を題材にした半自伝的なドラマで、ゆりやんレトリィバァさんが主人公を演じました。長与千種さん役は唐田えりかさん、ライオネス飛鳥さん役は剛力彩芽さんが担当しています。
『極悪女王』は、当時の女子プロレスを知らない視聴者にも、ダンプ松本さんがどのように悪役として知られるようになったのかを伝える機会となりました。本人の人生を題材にした作品を通じて、単なる怖いレスラーではなく、女子プロレスの歴史を形づくった人物として関心が広がったのです。
ただし、ドラマはドキュメンタリーそのものではありません。作品内の演出や人物描写と、実際の試合記録、本人のインタビュー、当時の報道は区別して読む必要があります。例えば、長与さんとの敗者髪切りデスマッチが2度行われたことは、女子プロレス専門メディアの記録からも確認できます。ドラマで描かれた物語を入口にしつつ、実際の歴史を別途知ることで、当時の熱狂や選手たちの役割をより深く理解できます。
現在の評判にも、こうした変化が表れています。1980年代には嫌われ役として観客の感情を大きく揺さぶった一方、現在はその徹底した役づくりやキャリアの長さ、後輩との関係などにも関心が向けられています。2026年初頭の膝の手術をめぐる報道でも、リング復帰を願うファンから応援の声が寄せられたと伝えられました。
かつての「日本中から嫌われたヒール」という評価と、現在の「長く活躍するレジェンドレスラー」という評価は、必ずしも矛盾しません。観客に嫌われることを仕事として引き受け、その役割を徹底したこと自体が、長い時間を経てプロとしての評価につながっているのです。
【ダンプ松本現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:ダンプ松本は2026年現在、何歳ですか?
A1:1960年11月11日生まれで、2026年10月26日時点では65歳です。2026年11月11日に66歳を迎えます。
Q2:ダンプ松本は現在も現役のプロレスラーですか?
A2:1988年に一度引退しましたが、2003年に本格復帰し、その後も現役選手として活動してきました。2026年1月には膝の手術を受け、リング復帰に向けたリハビリへの意欲を示しています。具体的な復帰時期については、個別の発表を確認する必要があります。
Q3:ダンプ松本の本名と出身地は?
A3:本名は松本香(まつもと・かおる)で、出身地は埼玉県熊谷市です。所属事務所のえりオフィスの公開プロフィールでは、身長164cm、体重100kgと記載されています。
Q4:長与千種との敗者髪切りデスマッチは何回行われましたか?
A4:1985年8月28日と1986年11月7日の2回です。1985年はダンプ松本さんが勝利して長与さんが丸刈りとなり、1986年の再戦では長与さんが勝利し、ダンプさんが丸刈りとなりました。
Q5:ダンプ松本とアジャ・コングは仲が悪かったのですか?
A5:アジャ・コングさんは若い頃、極悪同盟を嫌っていたとインタビューで語っています。一方、ダンプさんはアジャさんを気にかけていたとされ、アジャさんは後年、その気遣いに気づいてダンプさんを偉大な人物と認識するようになった趣旨の発言をしています。
Q6:ダンプ松本は女優としても活動していますか?
A6:はい。タレント・女優としての活動歴があり、テレビ番組や舞台などにも出演してきました。2024年には、本人の半生を題材にしたNetflixシリーズ『極悪女王』が配信され、改めて注目を集めました。
ダンプ松本さんは、1960年11月11日生まれの女子プロレスラーで、本名は松本香。2026年10月時点で65歳です。1984年に極悪同盟を結成し、長与千種さんとの2度の敗者髪切りデスマッチを通じて、女子プロレス史に残る存在となりました。
1988年に引退した後、2003年に本格復帰。現在も現役レスラーとして知られる一方、2026年初頭には膝の手術とリハビリが報じられ、リング復帰に向けた取り組みが近況の焦点になっています。タレント・女優としての活動歴も長く、えりオフィス所属の芸能人としてテレビ番組やイベントなどにも関わってきました。
また、Netflix『極悪女王』による再注目や、アジャ・コングさんら後輩の証言からは、リング上の恐ろしいヒール像だけでは説明できない人物像も見えてきます。ダンプ松本さんの現在を理解するには、1980年代の伝説、1988年の引退、2003年の復帰、そして2026年の近況を一つの流れとして捉えることが大切です。
今後の注目点は、膝のリハビリを経たリング復帰の動向と、プロレスの歴史を次世代に伝える芸能活動です。かつて観客から嫌われることを徹底したレスラーが、長いキャリアを経てどのような姿を見せていくのか。その歩みは、女子プロレスの歴史そのものを振り返るうえでも注目されます。