2026年10月現在、女優の市毛良枝さんは76歳。長年にわたってテレビドラマや映画で活躍し、近年もドラマ出演や講演、登山に関わる活動を続けています。若い頃には、初井言榮さんとの「嫁姑シリーズ」で人気を集め、「お嫁さんにしたい女優ナンバー1」と呼ばれたことでも知られています。
一方、私生活では1988年に弁護士の小川敏夫さんと結婚し、約9年後に離婚。その経緯をめぐっては、新聞報道と名誉毀損・プライバシー侵害を争う裁判も起きました。現在の活動から女優としての経歴、結婚と離婚の時系列、裁判で明らかになったこと、登山家としての一面まで、公開情報をもとに整理します。
【2026年最新】市毛良枝の現在は?年齢・出演作・所属事務所

市毛良枝さんは、2026年も俳優として活動しています。所属事務所のアミューズクリエイティブスタジオが公開しているプロフィールでは、俳優・タレントとして紹介され、テレビドラマや映画、舞台に加えて、執筆や講演活動にも取り組んでいることが確認できます。
2026年の主な活動として注目されるのが、東海テレビ・フジテレビ系のドラマ『再生のウズメ』です。10月3日に放送が始まった同作で、市毛さんは主人公ウズメの母親役を務めています。また、8月にはNHK BS・BSPの『にっぽん百低山』にゲスト出演するなど、俳優業と登山に関わる活動の両面で存在感を示しています。
市毛良枝の基本プロフィール
2026年10月26日時点
- 生年月日: 1950年9月6日
- 年齢: 76歳
- 出身地: 静岡県
- 職業: 女優・タレント
- 所属: アミューズクリエイティブスタジオ
- 主な資格・役職: 環境カウンセラー、NPO法人日本トレッキング協会理事
現在の市毛さんを理解するうえで大切なのは、昔の人気ドラマで知られる女優というだけではない点です。年齢を重ねても映像作品に出演し、自然や健康に関わるテーマでも活動していることが、現在のキャリアの特徴です。
【プロフィール・経歴】市毛良枝はどんな女優?デビューから現在まで
市毛良枝さんは、静岡県田方郡修善寺町(現在の伊豆市)出身です。文学座附属演劇研究所や俳優小劇場の養成所を経て、1971年にテレビドラマ『冬の華』でデビューしました。所属事務所の公式プロフィールでも、このデビューと、その後の映画・テレビ・舞台にわたる活動が紹介されています。
若い頃から一つのジャンルだけにとどまらず、時代劇やホームドラマ、映画など幅広い作品に出演。母親役や家族を支える女性役など、生活感のある人物を演じる俳優としても知られるようになりました。
主な経歴を時系列で整理すると、次のようになります。
この経歴から見えてくるのは、1970年代に人気を獲得した後も、長い時間をかけて俳優としての仕事を積み重ねてきたことです。過去の代表作だけでなく、その後の出演作にも目を向けると、市毛さんの活動の幅がより明確になります。
【結婚・離婚の経緯】小川敏夫との結婚生活に何があったのか
市毛良枝さんの結婚相手として知られているのが、弁護士の小川敏夫さんです。2人は1988年9月に結婚しましたが、約9年後に離婚しました。
結婚生活の詳細については、公に確認できる情報が限られています。離婚に至った個人的な事情を、報道された内容だけから一つの理由に断定することはできません。
小川敏夫との結婚はいつ?結婚したのは1988年9月です。市毛さんが俳優として活動する一方、小川さんは弁護士として知られていました。
その後、2人の離婚をめぐる報道が出るようになり、特に離婚原因についての新聞記事が大きな問題に発展します。
離婚したのは何年ごろ?公表されている経歴では、結婚から9年後に離婚したとされています。年数からみると、1997年ごろに当たります。
ただし、離婚の成立時期と、離婚をめぐる報道や訴訟の時期は同じではありません。報道が出た時点で離婚が成立していたとは限らず、それぞれを区別して理解する必要があります。
離婚理由は小川敏夫の暴力だったのかこの疑問の背景には、報知新聞が離婚原因について小川さんの暴力を取り上げた報道があります。その報道に対し、小川さんは名誉毀損とプライバシー侵害を理由に、報知新聞社に損害賠償と謝罪広告の掲載を求めて提訴しました。
ここで押さえておきたいのは、新聞報道で伝えられた離婚原因と、裁判で判断された報道の適法性は、同じ問題ではないという点です。
離婚の背景に何があったのかという私生活上の問題と、新聞が特定の内容を報道してよかったのかという法的問題は、分けて考える必要があります。
【離婚報道の真相と裁判】東京地裁は何を判断したのか
市毛良枝さんと小川敏夫さんの離婚をめぐる話題で、特に重要なのが報知新聞社に対する訴訟です。
報知新聞が離婚の原因を小川さんの暴力とする内容を報じたことに対し、小川さんは名誉毀損とプライバシー侵害を主張し、損害賠償と謝罪広告を求めて東京地方裁判所に訴えを起こしました。
裁判の結果、東京地裁は報知新聞社に慰謝料の支払いと謝罪広告の掲載を命じたとされています。
裁判で確認しておきたい3つのポイント- 争われたのは報道の内容と権利侵害です。 小川さんは、報道によって名誉やプライバシーが侵害されたと主張しました。
- 東京地裁は報知新聞社に賠償と謝罪広告を命じました。 訴訟の結果は、新聞報道をめぐる法的責任を考えるうえで重要な事実です。
- 判決だけで離婚の私的な原因すべてが確定するわけではありません。 報道の適法性に関する判断と、当事者の結婚生活の全容を明らかにすることは別の問題です。
この裁判を理解するうえでは、判決が何を対象にしていたのかを見極めることが大切です。報道に対する法的判断が示されたからといって、当時の夫婦間で何が起きていたのか、そのすべてが公的に解明されたと考えるのは正確ではありません。
また、報道された内容をそのまま事実として受け取ることも、逆に裁判の結果だけで私生活の全容を決めつけることも適切ではありません。
市毛さん本人の現在の活動や俳優としての評価を考える際にも、過去の私生活をめぐる話題と、作品を通して積み重ねてきたキャリアを混同しない視点が必要です。
【女優としての評判】初井言榮との嫁姑シリーズと「お嫁さんにしたい女優」
市毛良枝さんの名前を聞いて、1970年代から1980年代の昼ドラマを思い出す人も少なくありません。その代表例が、初井言榮さんと共演した「嫁姑シリーズ」です。
1977年の『小さくとも命の花は』を起点に、1984年の『喜劇 女の戦争』まで全9作が制作されました。市毛さんは新妻役を演じ、初井さんとの組み合わせによって、家庭内の葛藤や人間関係を描くドラマで人気を集めました。
なぜ「お嫁さんにしたい女優ナンバー1」と呼ばれたのか当時の市毛さんは、若妻役のイメージと結び付けられ、「理想の花嫁ナンバー1」「お嫁さんにしたい女優ナンバー1」とも呼ばれました。
この呼び名は、本人の私生活や結婚観を直接示すものではありません。ドラマで演じた役柄が視聴者に強い印象を残し、女優としてのイメージを形成したことを表しています。
初井言榮さんが演じる姑と、市毛さんが演じる新妻。その対照的な役柄がシリーズの軸になり、嫁と姑の関係を描くホームドラマの代表的な組み合わせとして記憶されるようになりました。
嫁姑シリーズだけではない代表作市毛さんの出演歴は、ホームドラマに限りません。
- 『芙蓉の人〜富士山頂の妻』(2014年):梅津糸子役で出演。富士山頂での生活を題材にした作品です。
- 『ボクの妻と結婚してください。』(2015年):香取和子役で出演。
- 『富士山と、コーヒーと、しあわせの数式』(2025年):近年の出演映画の一つです。
- 『再生のウズメ』(2026年):主人公の母親役として出演しています。
こうした作品をたどると、市毛さんの俳優人生は、若い頃の新妻役から、家族を見守る母親役などへと幅を広げてきたことがわかります。
長年の活動が続いている理由を考えるなら、かつての人気イメージだけでなく、物語の中で世代や役割の異なる人物を演じてきたことにも注目したいところです。
【登山家としての活動】キリマンジャロ登頂と日本トレッキング協会理事
市毛良枝さんには、女優とは別の顔があります。それが登山家としての活動です。
市毛さんは40歳前後から本格的に登山に取り組むようになり、1993年にはアフリカのキリマンジャロに登頂しました。登山の経験を重ねるなかで、自然や環境への関心も深めてきました。
現在、所属事務所の公式プロフィールには、NPO法人日本トレッキング協会の理事と環境カウンセラーの肩書が掲載されています。趣味としても登山を挙げており、山との関わりは一時的な話題ではなく、継続的な活動の一部になっています。
登山活動で注目したいこと市毛さんの登山活動には、主に3つの側面があります。
1.自ら山に登る実践者としての経験
1993年のキリマンジャロ登頂は、その象徴的な実績です。俳優としての知名度とは異なる分野で、自ら経験を積んできました。
2.トレッキングの普及に関わる立場
日本トレッキング協会の理事として、登山や歩く旅に関わる活動に携わっています。同協会は、歩く旅の楽しさと自然環境の保全などを活動の理念に掲げています。
3.自然や暮らしについて発信する活動
環境カウンセラーとしての資格に加え、執筆や講演活動も行っています。俳優として人々に作品を届けることと、登山を通じて自然について発信することは、市毛さんの活動を理解するうえで重要な二つの軸です。
2014年の『芙蓉の人〜富士山頂の妻』も、富士山と人間の暮らしが関わる作品として、登山とのつながりを考える際に挙げられる出演作です。ただし、作品内での役柄と、本人が実際に行ってきた登山活動は、区別して捉える必要があります。
【プロの結論】市毛良枝の歩みから読み解く、女優としての魅力と現在
市毛良枝さんの経歴を振り返ると、1970年代の嫁姑シリーズで得た人気が、その後の長い俳優人生の出発点の一つになったことがわかります。
一方で、2026年現在の活動を見ると、市毛さんは過去の代表作だけで語られる存在ではありません。ドラマ出演を続けながら、登山、環境に関する活動、執筆や講演にも取り組んでいます。
ここから読み取れるのは、長く活動する俳優の評価を、一つの役柄や私生活上の出来事だけで決めるべきではないということです。
市毛さんを知りたい読者にとって、確認する要点は次の3つです。
- 現在の活動を知りたい場合: 所属事務所の公式プロフィールや、各テレビ局の番組情報を確認する。
- 結婚・離婚の経緯を知りたい場合: 結婚・離婚の時期、当時の報道、訴訟の結果を分けて整理する。
- 女優としての評価を知りたい場合: 「嫁姑シリーズ」だけでなく、2010年代以降のドラマや映画、登山に関わる活動にも目を向ける。
過去の話題は検索されやすい一方、現在の市毛さんを知るためには、最新の出演情報や公的な役職など、更新された情報も欠かせません。
【市毛良枝】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:市毛良枝さんは現在何歳ですか?
1950年9月6日生まれで、2026年10月26日現在76歳です。
Q2:市毛良枝さんの結婚相手は誰ですか?
1988年9月に弁護士の小川敏夫さんと結婚しました。2人は約9年後に離婚しています。
Q3:市毛良枝さんの離婚理由は何ですか?
離婚原因をめぐっては、報知新聞が小川さんの暴力を原因とする内容を報道し、小川さんが同社を提訴しました。東京地裁は報知新聞社に慰謝料の支払いと謝罪広告の掲載を命じています。裁判で判断された報道上の責任と、夫婦間の個人的な離婚理由は区別する必要があります。
Q4:市毛良枝さんは現在、再婚していますか?
公開されているプロフィールでは、現在の再婚について公表されていません。確認できる結婚歴は、小川敏夫さんとの結婚と離婚です。
Q5:市毛良枝さんの代表作は何ですか?
初井言榮さんとの「嫁姑シリーズ」のほか、『芙蓉の人〜富士山頂の妻』や『ボクの妻と結婚してください。』などがあります。2026年にはドラマ『再生のウズメ』にも出演しています。
Q6:市毛良枝さんは本当に登山家なのですか?
はい。1993年にキリマンジャロに登頂した経験があり、NPO法人日本トレッキング協会の理事と環境カウンセラーの肩書も持っています。俳優業と並行して、登山や自然環境に関わる活動を続けています。
市毛良枝さんは、1950年生まれの76歳。1971年のドラマデビューから、初井言榮さんとの嫁姑シリーズによる人気、1988年の小川敏夫さんとの結婚、離婚報道をめぐる裁判、そして登山家としての活動まで、多彩な歩みを重ねてきました。
2026年現在も『再生のウズメ』への出演など、俳優としての活動を続けています。登山や環境に関わる活動も、市毛さんを理解するうえで欠かせない要素です。
結婚・離婚の話題については、報道された内容と裁判の判断を区別し、私生活のすべてが公表されているかのように扱わないことが大切です。代表作と現在の活動をあわせて見ることで、市毛良枝さんが長年にわたって築いてきた俳優としてのキャリアと、その多面的な魅力が見えてきます。