2026年現在、俳優として映像作品や舞台に出演するだけでなく、演出家としても活動の幅を広げている須賀健太。1999年に子役デビューし、ドラマ『人にやさしく』の五十嵐明役や、映画『ALWAYS 三丁目の夕日』の古行淳之介役で多くの視聴者に知られるようになりました。2006年には映画『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』で初主演を務め、翌2007年には日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しています。
一方、順風満帆に見える経歴の裏には、高校時代に俳優の仕事が減り、自分の将来を見つめ直した時期もありました。子役としての成功をどのように乗り越え、現在の俳優・演出家としての活動につなげてきたのか。代表作、受賞歴、本人が語ったエピソード、そして2026年の最新動向から、その歩みを振り返ります。
【原点】須賀健太の子役デビューは1999年!芸能界に入ったきっかけ

須賀健太は1994年10月19日生まれ、東京都出身の俳優です。芸能界に入ったのは4歳の頃。本人が2026年のホリプロ関連インタビューで語ったところによると、きっかけはテレビで見た特撮ヒーローへの憧れでした。
当時の須賀は、俳優になりたいという明確な職業意識よりも、テレビの中のヒーローに会いたいという子どもらしい気持ちを抱いていました。その思いを受け、親が新聞で子役の募集を見つけて応募したことから、芸能活動が始まります。
1999年にはNHKの連続テレビ小説『すずらん』や日本テレビ系の『夏色の恋』などに出演。デビュー直後から大きな役を次々と獲得したわけではなく、初期にはセリフのないエキストラに近い仕事も経験しています。幼い頃から注目されていたという印象とは異なり、少しずつ出演経験を積み重ねていったのです。
この時期について興味深いのは、当初から俳優という職業を強く意識していたわけではなかった点です。本人の過去のインタビューでは、撮影現場そのものが新鮮で、家族が出演を喜んでくれることもうれしかったと振り返っています。
芸能活動を続けるうえで大きな転機になったのは、2002年のドラマ『人にやさしく』でした。須賀にとって、この作品は単なる出演作のひとつではなく、仕事の依頼が広がり、俳優として歩み続けるきっかけになった作品です。
【ブレイク】『人にやさしく』五十嵐明役で一躍注目された理由
2002年、須賀健太はフジテレビ系の月9ドラマ『人にやさしく』に出演しました。香取慎吾、松岡充、加藤浩次が演じる主人公たちと関わる少年、五十嵐明役です。当時7歳だった須賀は、物語の中心に関わる重要な役どころを演じ、幅広い視聴者から注目されました。
同作で印象を残したのは、幼い少年が抱える不安や寂しさを物語の中で表現したことです。子どもらしい自然な反応だけでなく、周囲の大人との関係性によって生まれる感情も描かれ、須賀の名前が広く知られるきっかけになりました。
本人も後年のインタビューで、この作品への出演をきっかけに学校などでも注目され、その後の仕事につながったと振り返っています。出演当時はまだ撮影現場を楽しむ気持ちが大きかったものの、結果的に俳優としてのキャリアを大きく前進させました。
ただし、『人にやさしく』の成功は、その後のキャリアにおいて必ずしも利点だけをもたらしたわけではありません。五十嵐明役の印象が強く残ったことで、須賀には「子役時代の代表作」というイメージが定着します。高校時代に仕事が減った背景にも、こうした知名度と成長後のイメージとのギャップが関係していました。
つまり、この作品は須賀にとって、俳優としての知名度を高めた出発点であると同時に、後年、自分の演技の幅を広げる必要性を考えるきっかけにもなったのです。
【映画での飛躍】『ALWAYS 三丁目の夕日』と『花田少年史』、受賞歴を振り返る
『ALWAYS 三丁目の夕日』で古行淳之介役を好演2005年公開の映画『ALWAYS 三丁目の夕日』で、須賀は古行淳之介役を演じました。山崎貴監督による同作は、昭和30年代の東京を舞台に、人々の暮らしや人間関係を描いた作品です。
須賀が演じた淳之介は、吉岡秀隆演じる茶川竜之介に預けられた少年。大人たちとの関わりを通して変化していく姿が、作品の人情味を支える要素のひとつになりました。『人にやさしく』で知られた少年俳優としての存在感を、映画でも発揮した時期です。
その後も『ALWAYS 続・三丁目の夕日』(2007年)、『ALWAYS 三丁目の夕日'64』(2012年)に出演しました。シリーズが続くなかで、須賀自身も子どもから青年へと成長しています。テレビ朝日系の過去のインタビューでは、成長期だったため、第1作から第2作までの約2年間で身長が18センチ伸びたこと、第3作までの約7年間では40センチ伸びたことが紹介されています。
同じ人物を複数の作品で演じながら、演じる側の身体も変化していく。これは、幼少期から継続して活動してきた須賀ならではのキャリア上の特徴です。
映画初主演作『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』子役時代の経歴を語るうえで、もうひとつ外せないのが2006年公開の『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』です。須賀にとって映画初主演となった作品で、一色まことの漫画を原作に、水田伸生監督が実写映画化しました。
須賀が演じたのは、事故をきっかけに幽霊が見えるようになる少年・花田一路。わんぱくで活発な少年の姿を中心に、幽霊との交流や家族との関係が描かれています。これまでの子役としての経験を生かしながら、物語を引っ張る主演としての役割を担いました。
この作品で大きな節目となったのが、2007年の第30回日本アカデミー賞新人俳優賞の受賞です。作品への出演を家族や周囲の人が喜んでくれることがうれしかったという子ども時代から、自分の演技が多くの観客に届いていることを実感する経験へと変化していきました。
2009年には映画『釣りキチ三平』でも主演を務めるなど、須賀は子役時代の代表作を一作にとどめず、映画の中心人物を演じる経験を重ねていきます。
須賀健太のキャリアは、子役としての知名度を獲得した時期、映画で主演と受賞を経験した時期、そして舞台を通じて表現の幅を広げた時期に大きく分けられます。主な出来事を時系列で整理しました。
| 年 | 主な出来事・作品 | キャリア上のポイント |
|---|---|---|
| 1999年 | 子役デビュー。『すずらん』『夏色の恋』などに出演 | 4歳で芸能活動を開始 |
| 2002年 | ドラマ『人にやさしく』五十嵐明役 | 広く知られるきっかけとなった代表作 |
| 2005年 | 映画『ALWAYS 三丁目の夕日』古行淳之介役 | 映画でも存在感を発揮 |
| 2006年 | 映画『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』主演 | 映画初主演を経験 |
| 2007年 | 第30回日本アカデミー賞新人俳優賞 | 映画での演技が評価される |
| 2009年 | 映画『釣りキチ三平』主演 | 主演作を重ねる |
| 2015~2018年 | ハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』 | 日向翔陽役で舞台シリーズを牽引 |
| 2023年 | 劇団「ハイキュー!!」の演出を担当 | 俳優から演出家としても活動 |
| 2025年 | 演劇ユニットOctolibreの活動を開始 | 創作・演劇プロデュースの領域へ |
| 2026年 | Octolibre旗揚げ本公演『わる』など | 俳優業と演出活動を並行 |
年表から見えてくるのは、須賀が子役時代の代表作だけにとどまらず、映画主演、舞台出演、演出へと活動領域を広げてきたことです。特に2015年以降の舞台経験は、現在の演出家としての活動を理解するうえでも重要な経歴です。
【転機】須賀健太はなぜ高校時代に仕事が減ったのか
子役時代に大きな注目を集めた須賀ですが、高校生になる頃には俳優の仕事が徐々に減っていきました。この時期について、本人は過去のオリコンやテレビ朝日系メディアなどのインタビューで、仕事をしたくても出演機会が少なく、もどかしさを感じていたと語っています。
理由は「子役のイメージ」と成長後のギャップ背景のひとつは、幼少期に強い印象を残したことで、役柄のイメージが固定されやすくなったことです。『人にやさしく』などの作品で知られるようになった一方、年齢を重ねて外見や雰囲気が変化すると、従来の子どもの役には合わなくなっていきます。
しかし、青年期の俳優として新たな役柄を獲得するには、子役時代とは違うイメージを定着させる必要があります。須賀の場合、本人がさまざまな役に挑戦したいと考えていても、キャスティングする側には、過去の代表作から連想される人物像が強く残っていました。
この問題は、須賀個人の演技力だけで説明できるものではありません。子役として早くから知名度を獲得した俳優が成長する際には、視聴者の記憶に残る役柄と、実際の年齢や演じられる役の幅との間にずれが生じることがあります。須賀の高校時代は、その壁に直面した時期でした。
俳優を辞めず、続ける決意を固めた高校時代須賀は高校時代、自分が俳優以外の仕事をするなら何を選ぶのか、改めて考えたといいます。しかし、ほかに打ち込みたい仕事が思い浮かばず、やはり芝居を続けたいという気持ちを再確認しました。
また、仕事が減ったことへの悩みだけでなく、学生生活をきちんと送った経験も、その後のキャリアに影響したと本人は振り返っています。学校に通い、同世代の友人たちと過ごす時間を持つことは、芸能界とは異なる視点や感覚を育てる機会にもなりました。
この時期を経て、須賀は役柄の幅を広げることを意識するようになります。舞台に取り組むようになったのも、同世代の俳優が活躍するなかで、自分がどうすれば俳優として長く活動できるかを考えた結果でした。
高校時代は、仕事が減ったという意味では停滞期でした。しかし、俳優を続ける理由を自分自身で確かめ、将来の方向性を考え直したという点では、その後の活動を支える転機になったと考えられます。
【2026年最新】須賀健太は現在、俳優・演出家として何をしている?
舞台『ハイキュー!!』の日向翔陽役から演出家へ須賀健太の子役時代と現在を比較すると、特に大きな変化が見られるのが舞台での活動です。2015年に開幕したハイパープロジェクション演劇『ハイキュー!!』では、主人公の日向翔陽役を務めました。その後も2016年、2017年、2018年の公演に出演し、シリーズを代表するキャストのひとりとして活躍しました。
2023年には、舞台版の流れを受け継ぐ劇団「ハイキュー!!」で演出を担当。2025年の公演『出逢い』に続き、2026年の新作公演でも演出を務めます。2026年12月19日から27日まで東京、2027年1月9日から11日まで大阪で上演予定の公演では、物語がインターハイ宮城県予選へと進みます。
ここで押さえておきたいのは、2026年の劇団「ハイキュー!!」で須賀が担当するのは日向翔陽役ではなく、演出であるという点です。かつて主人公を演じた経験を持つ俳優が、今度は舞台全体を組み立てる立場から作品に関わっています。
演劇ユニットOctolibreの旗揚げ公演2026年の須賀を語るうえで、演劇ユニットOctolibre(オクトリーブル)の活動も欠かせません。同ユニットは、須賀健太と俳優・プロデューサーの桧山征翔が2025年7月に立ち上げました。俳優が自由に演じ、創作できる環境をつくるという考えのもと、演劇活動を展開しています。
2026年10月24日から11月1日にかけては、旗揚げ本公演『わる』を東京のシアターモリエールで上演。須賀が演出を担当し、脚本はガクカワサキが手がけています。銀行強盗を成し遂げた7人の男たちが、奪った金をどう分けるかをめぐって対立する会話劇コメディーです。
公式公演日程では10月26日は休演日となっており、同月27日以降も公演が予定されています。俳優として舞台に立つだけでなく、作品を選び、演出を通して舞台を形にする仕事にも取り組んでいることが、2026年の大きな特徴です。
映像作品やミュージカルでも活動を継続演出活動に軸足を移したからといって、俳優業を離れたわけではありません。所属事務所の公式プロフィールでは、2026年のミュージカル『ディア・エヴァン・ハンセン』や『劇団朱雀』2026年公演などへの出演が紹介されています。これまで培ってきた映像作品での経験に加え、舞台でも幅広い作品に参加しています。
子役時代には、目の前の役を演じることが活動の中心でした。現在は、俳優として自分自身が役を演じる一方、演出家としてほかの俳優の表現や作品全体の見せ方を考える立場にもなっています。須賀のキャリアは、出演者としての経験を創作側の仕事へとつなげている点に特徴があります。
【プロの結論】子役時代の成功を現在のキャリアにつなげた要因須賀健太の経歴から読み取れるのは、子役時代の知名度を維持することだけが、長く俳優を続ける方法ではないということです。『人にやさしく』や『ALWAYS 三丁目の夕日』のような代表作は、須賀に広い認知をもたらしました。しかし、成長に伴って求められる役柄が変化したとき、過去のイメージだけでは新たな仕事につながりにくい局面も生まれました。
そこで須賀は、映画主演を経験した後も、さまざまな映像作品に出演し、舞台へと活動を広げていきます。加えて、舞台『ハイキュー!!』で主人公を演じた経験は、後年の演出活動にもつながっています。2026年にはOctolibreの旗揚げ公演を演出するなど、自分が出演する作品を選ぶだけでなく、作品づくりそのものに携わるようになりました。
子役出身の俳優を見るときに注目したいのは、幼少期の代表作だけではありません。成長後にどのようなジャンルに挑戦したのか、活動の場をどう広げたのか、そして過去の経験を現在の仕事にどう生かしているのか。須賀健太の歩みは、こうした視点からキャリアを追うことの大切さを示しています。
【須賀健太子役時代】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:須賀健太が子役デビューしたのは何年ですか?
A1:1999年です。4歳で芸能活動を始め、NHKの『すずらん』や『夏色の恋』などに出演しました。2002年のドラマ『人にやさしく』で五十嵐明役を演じ、広く知られるようになりました。
Q2:須賀健太が日本アカデミー賞を受賞した作品は何ですか?
A2:2006年公開の映画『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』です。映画初主演となった同作で花田一路を演じ、2007年の第30回日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しました。
Q3:須賀健太はなぜ高校時代に仕事が減ったのですか?
A3:本人のインタビューによると、子役時代に定着したイメージと、成長後に演じられる役柄とのギャップが影響していました。仕事が少ない時期に俳優を続けるべきか考え直し、芝居を続けたいという気持ちを再確認したことが、その後のキャリアにつながりました。
須賀健太は1999年に子役デビューし、『人にやさしく』の五十嵐明役や『ALWAYS 三丁目の夕日』の古行淳之介役で知名度を高めました。2006年の映画『花田少年史 幽霊と秘密のトンネル』では初主演を務め、2007年には日本アカデミー賞新人俳優賞を受賞しています。
一方、高校時代には仕事が減り、子役としてのイメージと成長後の自分との間で葛藤を経験しました。その後、舞台へと活動の幅を広げ、『ハイキュー!!』の日向翔陽役などを経て、現在は俳優に加えて演出家としても活躍しています。
2026年は、Octolibreの旗揚げ公演『わる』や、劇団「ハイキュー!!」の新作公演に向けた演出活動が注目される年です。子役時代の代表作は、今も須賀健太を語るうえで欠かせない存在です。しかし、現在の活動まで追うことで見えてくるのは、過去の成功にとどまらず、表現者として新しい役割を切り開いてきた姿です。
須賀健太の経歴を振り返る際は、「天才子役」という呼び名や幼少期の出演作だけで現在を判断せず、映画、ドラマ、舞台、そして演出へと広がったキャリア全体に目を向けることが大切です。