上重聡アナウンサーは、2024年3月末に日本テレビを退社し、フリーアナウンサーとして新たなキャリアを歩み始めた人物です。『ズームイン!!サタデー』の総合司会や『シューイチ』のスポーツキャスターとして知られ、PL学園高校時代の甲子園での活躍、立教大学野球部での完全試合達成など、野球にまつわる実績も注目されています。
2026年10月現在、上重聡の活動はテレビ番組へのゲスト出演、スポーツ関連の仕事、YouTube、講演活動など多方面に広がっています。直近では、10月16日放送のTOKYO MX『5時に夢中!』にゲスト出演。フリー転身から約2年半が経過した現在、どのような仕事をしているのか、退社の背景や年収、評判、これまでの経歴とともに整理します。
【2026年最新】上重聡アナウンサーの現在は?フリー転身後の仕事を整理

上重聡は1980年5月2日生まれ、大阪府八尾市出身。2026年10月時点で46歳です。2003年に日本テレビへ入社し、21年間にわたって情報番組やスポーツ中継などを担当した後、2024年4月からフリーアナウンサーとして活動しています。
2026年の動向を知るうえで注目したいのが、10月16日の『5時に夢中!』への出演です。TOKYO MXの公式番組情報でもゲストとして紹介され、番組内では同じ2003年入社の元NHKアナウンサー・青井実との関係や、フリー転身後の仕事について話題になりました。上重は番組内で自らの仕事状況をユーモラスに語り、バラエティー番組でも存在感を見せています。
現在の活動を大きく分けると、テレビへのゲスト出演、野球を中心とするスポーツ関連の仕事、YouTubeなどの動画メディア、企業や団体向けの講演活動が挙げられます。2025年の報道では、メジャーリーグ関連の実況や、上原浩治のYouTubeチャンネルへのレギュラー出演、講演会などが仕事として紹介されていました。
ただし、これらの活動をすべて2026年現在の固定レギュラーと捉えるのは正確ではありません。出演のたびに番組や媒体を確認する必要があり、現在の上重を理解するには、特定のテレビ番組だけでなく複数の仕事を組み合わせるフリーアナウンサーとしての活動全体を見ることが重要です。
【日本テレビ退社理由】21年勤めた局を離れた背景とフリー転身の経緯
上重聡の日本テレビ退社が明らかになったのは2024年1月。本人は同局を通じて退社の意向を伝え、1月28日放送の『シューイチ』でもフリー転身を報告しました。そして、2024年3月31日をもって日本テレビを退社しています。
退社理由について、本人が公に説明している中心的な動機は、新しい環境で挑戦したいという思いです。2024年7月に報じられたインタビューでは、フリーになりたいという気持ちは30代前半からあったものの、なかなか決断できなかったと振り返っています。
転機になったのは、2023年秋に山本由伸投手や今永昇太投手らがメジャーリーグに挑戦するニュースに触れたことでした。日本で実績を積んだ選手が新しい環境に飛び込む姿を見て、自分自身も安定した会社員生活を続けるだけでよいのかと考えたといいます。
2024年1月の退社メッセージでも、上重は野球選手の挑戦する姿勢を自分自身に重ね、人生で後悔しないように挑戦したいという趣旨を説明しました。フリー転身は突然の思いつきというより、長年抱いていた希望を、具体的なきっかけを得て実行に移した決断だったと考えられます。
また、退社直後の2024年4月には、TOKYO MX『5時に夢中!』に出演した際、自身の退社について「円満退社」と説明しています。公表された退社理由の軸はキャリア上の挑戦であり、退社を人事上の処分や局との対立によるものと断定できる公的な根拠はありません。
フリー転身後、すぐに大型のレギュラー番組が決まっていたわけではありません。退社直後には仕事が決まっていない状況も明かしており、本人が認識していたとおり、安定した給与や仕事の確約を手放して新たな市場に挑む選択でした。
【経歴年表】上重聡のプロフィールと代表番組を一覧で確認
上重聡のキャリアを振り返ると、学生時代の野球実績、日本テレビでのスポーツ実況・情報番組出演、そしてフリー転身後の活動という3つの段階に分けられます。公式プロフィールと退社当時の報道に基づき、主な節目を整理しました。
| 時期 | 出来事・担当番組 | 主な実績・備考 |
|---|---|---|
| 1980年5月2日 | 大阪府八尾市に生まれる | 野球を競技経験の中心として成長 |
| PL学園高校時代 | 高校野球で活躍 | 甲子園に出場。1998年夏には松坂大輔擁する横浜高校と対戦 |
| 立教大学時代 | 東京六大学野球でプレー | リーグ史上2人目、36年ぶりとなる完全試合を達成 |
| 2003年 | 日本テレビに入社 | スポーツ実況や情報番組などを担当 |
| 2010年〜2015年 | 『ズームイン!!サタデー』総合司会 | 5代目総合司会として出演 |
| 退社前の約6年間 | 『シューイチ』などを担当 | 情報番組やスポーツ関連の出演で活躍 |
| 2024年3月31日 | 日本テレビを退社 | 21年間の局アナ生活を終え、フリーへ転身 |
| 2025年以降 | スポーツ関連の仕事、動画出演、講演など | テレビ以外にも活動領域を広げる |
| 2026年10月 | 『5時に夢中!』にゲスト出演 | フリー転身後の活動や同業者との関係が話題に |
上重の公式プロフィールでは、2003年の日本テレビ入社から2024年3月末の退社までの経歴に加え、『ズームイン!!サタデー』の5代目総合司会、『スッキリ』のMC、『シューイチ』への出演歴が紹介されています。スポーツ実況ではプロ野球、箱根駅伝、ボクシング、2022年北京冬季オリンピックなどを担当しました。
この経歴から分かるのは、上重が単に野球経験のあるタレントではなく、局アナとして長期間にわたって中継・情報番組・バラエティーを経験してきた人物だということです。フリー転身後の仕事を考える際にも、この幅広い実務経験が土台になっています。
【PL学園高校・立教大学】松坂大輔との甲子園対決と完全試合の実績
上重聡を語るうえで欠かせないのが、アナウンサーになる前の野球歴です。PL学園高校では投手として活躍し、甲子園に出場。特に知られているのが、1998年夏の全国高校野球選手権大会で、松坂大輔がエースを務める横浜高校と対戦した試合です。
この一戦は延長17回に及ぶ激戦として語り継がれています。上重にとって松坂は単なる有名選手ではなく、高校野球の舞台で実際に投げ合った相手でした。大会後には日本代表のチームメートとしてプレーした経験もあり、両者の関係は野球を通じた長年のつながりがあります。
立教大学進学後も野球を続け、東京六大学野球で史上2人目、36年ぶりとなる完全試合を達成しました。完全試合は、相手打者を一人も出塁させずに試合を終える記録です。大学野球の歴史に残る実績であり、上重の野球経験が高校時代だけのものではないことを示しています。
こうした競技経験は、アナウンサーとしてスポーツを伝える際にも強みとなります。選手が置かれた状況や勝負の緊張感を、競技経験者の視点から理解できるためです。実際に上重は日本テレビ時代、プロ野球中継や箱根駅伝などの実況を担当し、フリー転身後も野球関連の仕事を活動の柱の一つにしています。
また、本人は松坂大輔の公式YouTubeチャンネルにも出演し、フリー転身について語っています。長年の友人関係や高校野球時代の経験が、局を離れた後の発信活動にもつながっている点は、上重ならではの特徴です。
【レギュラー番組はある?】『5時に夢中!』『ズームイン!!サタデー』『シューイチ』の現在
上重聡の番組歴を調べる際に注意したいのは、過去のレギュラー番組と、フリー転身後のゲスト出演を区別することです。『ズームイン!!サタデー』は2010年から2015年にかけて総合司会を務めた代表番組であり、『シューイチ』も日本テレビ退社前まで出演していた番組です。いずれも現在の固定レギュラー番組として紹介するのは適切ではありません。
一方、TOKYO MXの『5時に夢中!』には、フリー転身後の2024年4月、2025年4月、2026年などに出演しています。2026年10月16日の公式番組情報ではゲストとして告知され、放送ではフリーアナウンサーとしての近況や、同じ局アナ出身者との関係が取り上げられました。
2025年4月の出演では、フリー転身から1年が経過した段階の仕事や収入について話しています。2026年10月の出演では、自身の仕事状況を自虐的な表現で語るなど、スポーツ実況だけではないトーク面の持ち味も見せました。
したがって、2026年の上重の出演情報を確認するなら、『5時に夢中!』への出演を継続的なレギュラー出演と決めつけず、放送日ごとのゲスト出演として確認するのが確実です。ほかの番組についても、最新の番組表や放送局の告知を基準に判断する必要があります。
フリーアナウンサーの仕事は、局アナのように毎週決まった番組を担当する形だけではありません。単発のゲスト出演、スポーツ中継、動画メディア、イベント司会、講演などを組み合わせる働き方もあります。上重の現在を理解するには、番組名の数だけでなく、仕事の種類や継続性にも目を向けることが大切です。
【年収・講演会・評判】フリーアナウンサーとしての仕事の実態
上重聡の年収について、具体的な金額を確認できる公表資料はありません。ただし、2025年4月18日放送の『5時に夢中!』では、日本テレビ時代と比べた年収について質問され、「若干超えたぐらい」と説明したことが報じられています。これはフリー転身から約1年が経過した時点での本人の発言であり、2026年の年収額を示すものではありません。
同じ報道では、メジャーリーグ関連の実況や上原浩治のYouTubeチャンネルへの出演、講演会などが仕事として紹介されました。講演会については、本人が収入源の大きな部分を占めると説明しています。したがって、フリー転身後の収入をテレビ出演のギャラだけで推測するのは実態に合いません。
講演活動では、野球経験やアナウンサーとしてのキャリアを生かしたテーマが扱われています。公益社団法人京橋法人会が案内した講演会では、「スポーツから学ぶ人材育成、教育、強い組織の作り方」をテーマに掲げていました。高校・大学での野球経験と、テレビ局で21年間働いた経験を組み合わせ、企業や団体の研修にも応用できる内容です。
また、上重にはスポーツ実況や情報番組で培った伝達力に加え、バラエティー番組で場を和ませるトーク力があります。2026年10月の『5時に夢中!』でも、フリー転身後の状況を自虐的に表現し、共演者とのやり取りを展開していました。こうした場面は、競技経験に裏付けられた専門性と、テレビ出演者としての柔軟さを併せ持つことを示す一例です。
上重の評判を考える際には、視聴者の反応を一括りにして評価するよりも、何を基準に見るかを整理すると理解しやすくなります。スポーツ分野では競技歴と実況経験、情報番組では進行や説明の経験、バラエティーではトークや対応力、講演では経験を分かりやすく伝える力が、それぞれ異なる評価軸になります。
一方で、フリー転身後は出演先や仕事量が時期によって変動します。局アナ時代の知名度が、そのまま毎週の番組出演や一定の収入を保証するわけではありません。上重のキャリアは、長年の実績を土台にしながら、テレビ以外の仕事も組み合わせて活動を広げていくフリーアナウンサーの働き方を示しています。
【上重聡アナウンサー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:上重聡アナウンサーは2026年現在、何をしている? A1:フリーアナウンサーとして、テレビ番組へのゲスト出演、スポーツ関連の仕事、動画メディア、講演活動などに取り組んでいます。2026年10月16日にはTOKYO MX『5時に夢中!』にゲスト出演しました。
Q2:上重聡が日本テレビを退社した理由は? A2:以前からフリー転身に関心があり、山本由伸投手や今永昇太投手らがメジャーリーグに挑戦する姿に刺激を受け、自分自身も新しい環境で挑戦したいと考えたためです。2024年3月31日に退社しました。
Q3:上重聡の年収はいくら? A3:具体的な金額は公表されていません。2025年4月の番組出演時には、日本テレビ時代の年収を若干上回ったと本人が説明したことが報じられています。講演会も収入源の大きな部分を占めると話しています。
Q4:『5時に夢中!』は上重聡のレギュラー番組? A4:2026年10月16日の出演は、TOKYO MXの公式番組情報でゲストとして案内されています。出演歴が複数あることと、毎週の固定レギュラーであることは区別して確認する必要があります。
Q5:上重聡の野球の実績は? A5:PL学園高校時代に甲子園へ出場し、1998年夏には松坂大輔擁する横浜高校と延長17回の試合を戦いました。立教大学時代には、東京六大学野球史上2人目、36年ぶりとなる完全試合を達成しています。
上重聡アナウンサーは、2024年3月末に日本テレビを退社し、フリーという新たな環境に踏み出しました。退社の背景には、30代前半から抱いていたフリー転身への希望と、メジャーリーグに挑戦する野球選手の姿から受けた刺激がありました。
2026年10月現在は、『ズームイン!!サタデー』や『シューイチ』で活躍した局アナ時代とは異なり、テレビへのゲスト出演、スポーツ関連の仕事、動画メディア、講演活動など、複数の分野で活動しています。『5時に夢中!』への出演も注目されていますが、ゲスト出演と固定レギュラーは分けて見る必要があります。
年収については、2025年に会社員時代を若干上回ったと本人が説明したことが報じられていますが、具体的な金額は明らかになっていません。講演会が大きな収入源の一つとされる点も、フリー転身後の仕事の実態を理解する手掛かりです。
上重のキャリアを評価するうえで重要なのは、過去の看板番組だけで現在の活動を判断しないことです。PL学園高校と立教大学で培った野球経験、日本テレビで21年間積み重ねた実況・進行の技術、そしてフリー転身後の新たな仕事を合わせて見ることで、2026年の上重聡がどのような道を歩んでいるのかが見えてきます。