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今いくよの死因は胃がん|公表から最後の舞台、今くるよとの違いを徹底解説

新井 円 新井 円 • 更新: • 公開: • 読了約 13 分
目次

漫才コンビ「今いくよ・くるよ」の今いくよさんは、2015年5月28日、胃がんのため67歳で亡くなりました。2014年9月に胃がんを公表してから、約3カ月の休養を経て舞台に復帰し、治療を続けながら芸能活動を続けていました。

亡くなる17日前の2015年5月11日にも、大阪・なんばグランド花月の舞台に立っていた今いくよさん。なぜ亡くなったのか、闘病生活はどのような経緯をたどったのか、そして相方の今くるよさんの死因とは何が違うのか。2015年の訃報報道や吉本興業の公式発表、大阪府立上方演芸資料館の記録などをもとに、2026年現在の追悼情報まで整理します。

【結論】今いくよさんの死因は胃がん|2015年5月28日に67歳で逝去

今いくよ死因

今いくよさんの死因は、胃がんです。所属事務所の発表を伝えた2015年5月29日付のシネマトゥデイや日刊スポーツなどの報道によると、今いくよさんは2015年5月28日午後5時58分、入院先の大阪府内の病院で亡くなりました。享年67歳でした。

本名は里谷正子(さとや・まさこ)さん。京都市出身で、高校時代の同級生だった今くるよさんとともに女性漫才コンビ「今いくよ・くるよ」を結成し、長年にわたって関西のお笑い界を代表する存在として活躍しました。

亡くなる約8カ月前の2014年9月に胃がんが判明し、治療のために休養。その後、同年12月に舞台復帰を果たしました。しかし、2015年5月に容体が悪化し、帰らぬ人となりました。

ここで押さえておきたいのは、今いくよさんの死因として報じられたのは胃がんであり、別の病気や事故が死因だったとする発表は確認されていない点です。一方、がんの詳しい進行度や最終的な病状の医学的詳細については、広く公表された情報だけでは判断できません。

【闘病生活の経緯】2014年9月の胃がん公表から逝去までを時系列で整理

今いくよさんは、胃がんの公表後に仕事を休み、治療に専念しました。その後、舞台に復帰してからも抗がん剤治療を続けていたことが、当時の報道で伝えられています。

日刊スポーツ、デイリースポーツ、テレビ朝日などの報道をもとに、病気の判明から最後の舞台、逝去までの主な出来事をまとめました。

時期 出来事 確認できる内容
2014年9月 胃がんが判明・休養 体調不良をきっかけに検査を受け、治療に専念するため休養を発表。
2014年11月 退院 報道によると、入院治療を経て退院。抗がん剤治療は継続した。
2014年12月3日 舞台復帰 京都・よしもと祇園花月の本公演に出演し、約3カ月ぶりに仕事復帰。
2015年2月ごろ テレビ番組に出演 抗がん剤治療や手術について、自身の病状と今後の治療方針を語ったと報じられた。
2015年5月11日 最後の舞台 大阪・なんばグランド花月の公演に出演。これが生前最後の舞台となった。
2015年5月28日 逝去 胃がんのため大阪府内の病院で死去。67歳。
2015年8月4日 お別れの会 なんばグランド花月で開催され、芸人仲間や関係者ら約1,000人が参列。

この経緯から分かるのは、胃がんの公表後、休養と治療を経て仕事に復帰したものの、病気が完全に治ったと発表されていたわけではないということです。舞台復帰後も治療は続いており、活動再開と病気の完治は別の事柄でした。

【胃がん公表後の真相】舞台復帰しても治療が続いていた理由

今いくよさんが胃がんを公表したのは、2014年9月17日です。テレビ朝日の当時の報道によると、体調を崩して大阪市内の病院で診察を受けたところ、胃がんと判明。治療に専念するため、当面の仕事を休むことになりました。

この時点では、治療方針や復帰時期は定まっていませんでした。所属事務所を通じて、回復後には再び漫才を披露したいという趣旨のコメントも伝えられています。

その後、約3カ月の休養を経て、2014年12月3日に京都・よしもと祇園花月で復帰しました。吉本興業の当時のニュース記事によると、相方の今くるよさんと約3カ月ぶりにステージに立ち、入院中のエピソードを交えた漫才を披露。客席から温かい歓声と拍手が送られました。

ただし、復帰は治療の終了を意味しませんでした。デイリースポーツなどの報道では、今いくよさんは舞台復帰後も抗がん剤治療を続けながら仕事を再開したとされています。

2015年2月ごろのテレビ出演についても、当時の報道では、がんが残っており、抗がん剤で腫瘍を小さくしてから手術を目指す考えを語っていたと伝えられました。少なくとも、当時は治療を続けながら今後の活動を考えていたことがうかがえます。

ここで注意したいのは、舞台に立てるほど体調が回復して見えても、がんが治癒したとは限らないという点です。治療中の体調には変化があり、外見や仕事の様子だけから病状を判断することはできません。

今いくよさんのケースでも、舞台復帰後に仕事を続けていたことと、胃がんの治療が続いていたことは両立していました。復帰の事実だけをもって、病気が克服されていたと解釈するのは正確ではありません。

【最後の舞台は2015年5月11日】逝去直前まで続けた漫才への情熱

今いくよさんが最後に舞台へ立ったのは、2015年5月11日です。日刊スポーツや共同通信配信の記事などによると、大阪・なんばグランド花月の公演に出演しており、亡くなる17日前まで観客の前で漫才を披露していました。

2014年12月の復帰から約5カ月。抗がん剤治療を続けながら、京都のよしもと祇園花月や大阪のなんばグランド花月などで仕事を続けていたことが、当時の報道から分かります。

しかし、最後の舞台から逝去までの間に、体調は悪化していきました。2015年5月末のスポーツ紙報道では、亡くなる前の時期に腹痛を訴え、入院後に容体が急変した経緯が伝えられています。

舞台に立った5月11日から、亡くなった5月28日まではわずか17日間です。直前まで活動していたことが、多くの人に驚きをもって受け止められた理由の一つでした。

ただし、最後の舞台で元気に見えたことが、その後の急変を予測できなかったことと矛盾するわけではありません。がんの治療中には病状や体調が変化することがあり、舞台上の姿だけで、その時点の医学的な状態を正確に知ることはできないためです。

今いくよさんの逝去は、病気と向き合いながら仕事を続けることの厳しさを伝える出来事でもありました。長年の相方とともに磨いてきた漫才を、最後まで大切にしていた姿が印象に残っています。

【混同に注意】今くるよさんの死因は膵がん|今いくよさんとの違い

今いくよさんの死因を調べる際に、相方の今くるよさんの死因と混同してしまうケースには注意が必要です。2人は長年にわたって一緒に活動したコンビですが、亡くなった時期も病名も異なります。

吉本興業が2024年5月28日に公表した訃報によると、今くるよさんは2024年5月27日、膵がんのため大阪市内の病院で亡くなりました。年齢は公表されていません。

2人の死因を整理すると、次のとおりです。

  • 今いくよさん:胃がん。2015年5月28日逝去。享年67歳。
  • 今くるよさん:膵がん。2024年5月27日逝去。年齢非公表。

今くるよさんの訃報は、所属事務所の公式発表でも膵がんとされています。今いくよさんの胃がんと、今くるよさんの膵がんは別の病気であり、2人が同じ病気で亡くなったわけではありません。

また、今いくよさんの逝去は2015年、今くるよさんの逝去は2024年です。約9年の隔たりがあります。2人の訃報が同じコンビ名で検索されることが、死因や逝去日の混同につながりやすい理由の一つです。

病名を調べる際は、コンビ名だけでなく、個人名と逝去年を合わせて確認すると情報を整理しやすくなります。

【2026年現在の追悼情報】今いくよ・くるよが残した功績

今いくよ・くるよは、昭和後期から平成にかけて活躍した女性漫才コンビです。高校時代の同級生で、同じソフトボール部に所属していた2人は、1973年にコンビを結成しました。所属事務所は吉本興業です。

2人は互いの容姿やファッションを題材にした軽妙な掛け合いで人気を集め、1980年代の漫才ブームを代表する存在となりました。今くるよさんの「どやさ」という言葉や、華やかな衣装、今いくよさんの鋭いツッコミは、コンビを象徴する持ち味として知られています。

受賞歴も豊富です。吉本興業の公式訃報に記載された経歴では、1981年に上方お笑い大賞の金賞、1982年に花王名人大賞の最優秀新人賞、1984年に上方漫才大賞の大賞を受賞。長年にわたる演芸界への貢献が評価され、2023年には2人そろって第26回上方演芸の殿堂入りを果たしました。

今いくよさんの死去後、2015年8月4日には大阪・なんばグランド花月でお別れの会が開かれました。デイリースポーツやオリコンなどの報道によると、芸人仲間や関係者ら約1,000人が参列し、舞台映像や愛用の品などを通して、その功績をしのびました。

一方、今くるよさんについては、2024年の吉本興業による訃報発表時に、お別れの会の予定はないと案内されました。2026年現在、2人とも亡くなっていますが、コンビとして残した漫才や受賞歴、演芸界での功績は記録に残されています。

2人の歩みを振り返る際には、病気や逝去の情報だけでなく、長年にわたって女性漫才師の活躍の場を広げ、後輩芸人にも影響を与えた点にも目を向けたいところです。今いくよ・くるよの漫才は、関西のお笑い文化を語るうえで欠かせない足跡の一つとなっています。

【今いくよ死因】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:今いくよさんの死因は何ですか? A1:胃がんです。2015年5月28日午後5時58分、入院先の大阪府内の病院で亡くなりました。享年67歳でした。

Q2:今いくよさんはいつ胃がんを公表しましたか? A2:2014年9月17日に胃がんが判明したことが報じられ、治療に専念するため休養しました。同年12月3日には、京都・よしもと祇園花月で舞台復帰を果たしています。

Q3:今いくよさんの最後の舞台はいつですか? A3:2015年5月11日です。大阪・なんばグランド花月の公演が生前最後の舞台となり、その17日後の5月28日に亡くなりました。

Q4:相方の今くるよさんも胃がんで亡くなったのですか? A4:いいえ。今くるよさんの死因は膵がんです。2024年5月27日に大阪市内の病院で亡くなりました。今いくよさんとは死因も逝去年も異なります。

Q5:今いくよ・くるよの2人は現在どうしていますか? A5:2026年現在、今いくよさんは2015年、今くるよさんは2024年に亡くなっています。2人は2023年に第26回上方演芸の殿堂入りを果たしており、女性漫才界を代表するコンビとして功績が記録されています。

今いくよさんの死因は胃がんで、2015年5月28日に67歳で亡くなりました。2014年9月の病気公表から約3カ月の休養を経て、同年12月3日に舞台復帰。その後も治療を続けながら仕事に取り組み、2015年5月11日まで舞台に立っていました。

最後の舞台から逝去までが17日間だったことは、当時の報道でも大きく取り上げられました。ただし、舞台に復帰したことは、がんが完治していたことを意味しません。治療を継続しながら活動していた経緯を押さえることが、闘病生活を理解するうえで大切です。

また、相方の今くるよさんの死因は膵がんであり、2024年5月27日に亡くなっています。2人の病名や逝去日を混同せず、それぞれの経歴と事実を分けて捉える必要があります。

今いくよ・くるよは、1973年のコンビ結成から長年にわたり、舞台やテレビで多くの人に笑いを届けてきました。2026年現在も、その功績は上方演芸の歴史に刻まれています。死因や闘病の経緯を知ることは、2人が歩んだ芸人人生と、残した漫才の価値を改めて振り返るきっかけになります。

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新井 円

美容と健康の記事を9年担当。成分表記と公的機関の資料を確認し、効果を断定しない書き方を守っています。

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