石川さゆりさんとNHK紅白歌合戦の関係を調べると、紅組最多となる出場記録だけでなく、「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」を中心とした歴代の歌唱曲、結婚・出産・離婚を経て歩んできた歌手人生など、さまざまな事実が見えてきます。2025年の第76回NHK紅白歌合戦では48回目の出場を果たし、「天城越え」を披露しました。
2026年10月26日現在、第77回NHK紅白歌合戦への出場は正式発表されていません。一方、石川さんは同年10月21日に新曲「タブレットブギ」を発売するなど、現在も音楽活動を続けています。ここでは、公式プロフィールやレコード会社の発表、紅白の過去の記録、報道された本人の発言をもとに、出場回数の実態から2026年の最新情報まで整理します。
【石川さゆりの紅白出場回数】2026年最新情報と48回の記録

石川さゆりさんの紅白出場回数は、2025年の第76回NHK紅白歌合戦時点で48回です。1977年の初出場から長年にわたって紅白の舞台に立ち続け、女性歌手の出場回数では最多の記録を築いています。
2025年11月14日、石川さんの公式サイトと所属レコード会社のテイチクエンタテインメントは、第76回への出場決定を発表しました。披露曲は「天城越え」。同曲を紅白で歌うのは14回目で、2023年以来2年ぶりの選曲でした。
一方、2026年の第77回については、10月26日現在、石川さんの出場決定を示す公式発表は確認できません。したがって、最新の確定記録は48回であり、2026年の出場回数や歌唱曲を決定事項として扱うことはできません。
紅白の出場者発表は例年11月に行われてきました。2025年の発表日は11月14日です。2026年の出演者を調べる際も、前年の出場実績や予想記事と、NHKによる当年の正式発表を区別する必要があります。
なお、石川さんは1977年から2025年までの49年間にわたって紅白と関わってきましたが、歌手としての出場回数は48回です。この差には、妊娠中だった1983年に歌手としての出場を辞退し、応援出演したという経緯があります。単純に初出場年から現在までの年数を数えるだけでは、実際の出場歴を正確に把握できません。
【歴代出場曲を一覧】石川さゆりは紅白で何を歌ってきた?
石川さんの紅白初出場は1977年、第28回NHK紅白歌合戦です。当時披露したのは「津軽海峡・冬景色」でした。その後も「火の国へ」「命燃やして」「波止場しぐれ」「風の盆恋歌」など、時代ごとの代表曲を披露してきました。
以下は、1977年から2025年までの歌唱曲を年ごとにまとめた一覧です。1983年は歌手としての出場ではなく応援出演だったため、歌唱曲の一覧とは区別しています。
| 年 | 紅白での歌唱曲・参加状況 |
|---|---|
| 1977年 | 津軽海峡・冬景色(初出場) |
| 1978年 | 火の国へ |
| 1979年 | 命燃やして |
| 1980年 | 鷗という名の酒場 |
| 1981年 | なみだの宿 |
| 1982年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 1983年 | 歌手としての出場なし。応援出演したことが報じられている |
| 1984年 | 東京めぐり愛 |
| 1985年 | 波止場しぐれ |
| 1986年 | 天城越え |
| 1987年 | 夫婦善哉 |
| 1988年 | 滝の白糸 |
| 1989年 | 風の盆恋歌 |
| 1990年 | うたかた |
| 1991年 | 港唄 |
| 1992年 | ホテル港や |
| 1993年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 1994年 | 飢餓海峡 |
| 1995年 | 北の女房 |
| 1996年 | 昭和夢つばめ |
| 1997年 | 天城越え |
| 1998年 | 風の盆恋歌 |
| 1999年 | 天城越え |
| 2000年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2001年 | 涙つづり |
| 2002年 | 天城越え |
| 2003年 | 能登半島 |
| 2004年 | 一葉恋歌 |
| 2005年 | 天城越え |
| 2006年 | 夫婦善哉 |
| 2007年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2008年 | 天城越え |
| 2009年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2010年 | 天城越え |
| 2011年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2012年 | 天城越え |
| 2013年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2014年 | 天城越え |
| 2015年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2016年 | 天城越え |
| 2017年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2018年 | 天城越え |
| 2019年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2020年 | 天城越え |
| 2021年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2022年 | 天城越え |
| 2023年 | 津軽海峡・冬景色 |
| 2024年 | 能登半島 |
| 2025年 | 天城越え |
| 2026年 | 出場者・歌唱曲ともに10月26日時点で未発表 |
この一覧で目を引くのが、2007年以降の選曲です。石川さんは「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」を交互に歌う形を続けてきました。どちらも知名度が高く、紅白の年末らしさと結びついた楽曲です。
ただし、毎年必ず同じローテーションが守られているわけではありません。2024年には「能登半島」を披露し、2025年には「天城越え」に戻りました。長年の定番を軸にしながら、その年の社会的な背景や番組構成に応じて別の曲が選ばれることもあります。
2024年の「能登半島」は、能登地方が元日の地震や同年9月の豪雨で甚大な被害を受けた年の紅白で披露されました。日刊スポーツは、石川さんが被災者に向けて歌を届けたことを報じています。歌唱曲は単なる人気曲の再演にとどまらず、その年の出来事と結びつく場合もあるのです。
【なぜ紅白に出場し続ける?】石川さゆりの出場理由と真相
石川さんが長年にわたって紅白に選ばれてきた理由を考えるうえで、まず押さえておきたいのは、NHKが個々の歌手を選出する具体的な理由を、毎年すべて公表しているわけではないという点です。石川さん個人の出場理由についても、公式に示された単一の説明があるわけではありません。
そのうえで、実績から読み取れる背景はあります。第一に、1977年の「津軽海峡・冬景色」以降、幅広い世代に知られる楽曲を持ち続けてきたこと。第二に、長年の歌唱経験を積み重ね、紅白という大舞台で安定したパフォーマンスを披露してきたことです。
とりわけ「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」は、石川さんの代表曲であると同時に、紅白の恒例感を形づくる楽曲になっています。繰り返し歌われることは、選曲の意外性を小さくする一方、視聴者が年末の風景として期待する歌を届ける役割も果たします。
一方で、2024年の「能登半島」は、定番だけでは説明できない選曲でした。地域を描いた楽曲が、災害の被害を受けた人々への思いと重なったからです。紅白の歌唱には、ヒット曲を披露するだけでなく、その年の出来事を音楽で振り返る側面もあります。
また、石川さんは紅白への出場回数だけを活動実績としているわけではありません。コンサート、テレビ出演、新曲の発表などを継続しています。2026年も新作をリリースしており、過去の代表曲に依存するだけでなく、新しい表現に取り組んでいることが公式の活動情報から確認できます。
したがって、「なぜ毎年出場するのか」という疑問に対しては、NHKが公表していない内部事情を断定するより、長年の楽曲資産、歌唱実績、視聴者への認知度、そして当年の演出との相性を分けて考えるのが適切です。
【プロフィールと現在】熊本県出身の石川さゆりは今も新曲を発表
石川さゆりさんは1958年1月30日生まれ、熊本県出身の演歌歌手・女優です。2026年10月時点では68歳。出身地は熊本県飽託郡飽田村で、現在の熊本市南区にあたる地域です。
公式プロフィールとテイチクエンタテインメントのアーティスト紹介によると、1973年3月25日にシングル「かくれんぼ」でデビューしました。1977年の「津軽海峡・冬景色」が大きなヒットとなり、同年に紅白へ初出場。その後、「天城越え」「風の盆恋歌」「夫婦善哉」など、歌謡史に残る代表曲を発表してきました。
レコード会社はテイチクエンタテインメント、所属事務所は株式会社さゆり音楽舎です。公式サイトにはコンサート情報やメディア出演情報、作品情報が掲載されており、2026年も継続的な活動が確認できます。
2026年の最新トピックの一つが、10月21日に発売されたシングル「タブレットブギ」です。テイチクエンタテインメントの発表によると、作詞にKREVAさん、作曲に亀田誠治さんを迎え、デジタル化が進む日常の「令和のオトナあるある」をテーマにした楽曲です。10月9日には先行配信も始まりました。
この新曲は、演歌の代表的な歌唱曲を持つ石川さんが、現在の生活感覚や異なるジャンルのクリエイターとの協業にも取り組んでいることを示しています。紅白の出場歴を振り返る際も、過去の名曲だけでなく、現在進行形の作品活動を合わせて見ることが大切です。
加えて、公式の活動情報では2027年にデビュー55周年を迎えることが案内されています。紅白の記録だけでなく、長期にわたって新曲やコンサートを続けてきたキャリアそのものが、石川さんの現在を理解する手がかりになります。
【結婚・出産・離婚の経緯】馬場憲治さんと長女・佐保里さん
石川さゆりさんの家族については、本人や関係者の公表情報、報道された経歴から、結婚・出産・離婚の大まかな経緯を整理できます。
石川さんは1981年、当時マネージャーを務めていた馬場憲治さんと結婚しました。1984年2月には長女の佐保里さんを出産し、1989年2月に離婚しています。結婚から離婚までの期間は約8年で、出産後も歌手としての活動を続けてきました。
1983年の紅白をめぐる経緯も、家族の歩みと出場記録を理解するうえで重要です。文春オンラインが過去の報道をもとに紹介した経緯によると、石川さんは妊娠が分かったことで歌手としての出場を辞退した一方、紅白の会場には応援出演で参加しました。このため、1983年は歌手としての出場回数には含まれていません。
長女の佐保里さんについては、石川さんが公の場で語ったエピソードもあります。2026年5月、スポニチが報じたTOKYO FMの番組出演では、紅白に出場してきたため、長女と大みそかの年越しを一緒に過ごせなかったことを振り返りました。
同報道によると、新型コロナウイルスの流行時に紅白終了後の恒例だった出演者の打ち上げがなくなったことをきっかけに、長女が石川さんを迎えに来たことがあったといいます。そこで初めて、親子で年が変わる瞬間に「あけましておめでとう」と言い合えたというエピソードが紹介されました。
この話は、紅白出場が長年のキャリアにとどまらず、家族と過ごす時間にも影響してきたことを伝えるものです。ただし、家族の関係や離婚に至った詳しい事情について、公開されていない部分まで推測することはできません。公表された経歴と本人が語った内容を分けて理解する必要があります。
馬場さんと石川さんは1984年に『石川さゆりの愛・結婚・出産――うちの佐保里姫』という書籍を小学館から刊行しています。結婚や出産の経緯を知るための資料の一つですが、書籍の刊行だけで、現在の家族関係や私生活の詳細まで判断することはできません。
【プロの結論】紅白の出場歴を正しく理解するための判断基準
石川さゆりさんの紅白をめぐる情報を調べる際には、次の3点を押さえると、数字や噂に振り回されずに経歴を理解できます。
第一に、出場回数と紅白への参加歴を区別すること。2025年時点の48回は、歌手としての出場回数です。1983年には応援出演したと報じられていますが、歌手としての出場には数えられていません。「紅白の会場に参加した年」と「歌手として出場した年」は、同じ意味ではありません。
第二に、過去の実績と当年の出場決定を分けること。2025年の出場が48回目だったことは、公式発表で確認できます。しかし、過去に長く出場してきたからといって、2026年の出場が自動的に確定するわけではありません。第77回の出場者発表と歌唱曲の発表が、それぞれ判断の基準になります。
第三に、選曲の定番化と活動の停滞を同一視しないこと。「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」が繰り返し選ばれてきた一方で、2024年には「能登半島」、2025年には「天城越え」を披露しました。さらに2026年には「タブレットブギ」を発売しています。紅白での代表曲と、歌手として現在発表している作品は、別々の観点から評価すべきです。
こうした判断基準を持つと、石川さんの紅白出場歴を単なる回数ランキングとしてではなく、楽曲の継承、時代ごとの選曲、長期的な歌手活動という複数の側面から理解できます。
【石川さゆり紅白】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:石川さゆりの紅白出場回数は何回ですか?
A1:2025年の第76回NHK紅白歌合戦時点で48回です。1977年に「津軽海峡・冬景色」で初出場し、紅組の女性歌手として最多の出場記録を持っています。
Q2:石川さゆりは2026年の紅白で何を歌いますか?
A2:2026年10月26日時点では、第77回の出場者と歌唱曲は正式発表されていません。2025年は「天城越え」を披露しましたが、2026年の曲目についてはNHKの発表を待つ必要があります。
Q3:石川さゆりの代表的な紅白歌唱曲は何ですか?
A3:「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」が代表的です。ほかにも「風の盆恋歌」「夫婦善哉」「能登半島」などを披露してきました。特に2007年以降は「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」を交互に歌う流れが続いています。
Q4:石川さゆりの元夫と長女の名前は?
A4:1981年に結婚した元夫は馬場憲治さんで、1984年2月に長女の佐保里さんを出産しています。1989年2月に離婚しました。離婚に至った詳しい事情など、公開されていない私生活の情報については、報道された事実と推測を混同しないことが大切です。
Q5:石川さゆりは2026年現在も歌手活動をしていますか?
A5:はい。公式サイトとテイチクエンタテインメントの情報によると、2026年もコンサートやメディア出演を続け、10月21日には新曲「タブレットブギ」を発売しています。2027年にはデビュー55周年を迎える予定です。
石川さゆりさんは1977年に紅白へ初出場し、2025年の第76回で48回目の出場を果たしました。「津軽海峡・冬景色」と「天城越え」を中心とする歴代の歌唱曲は、紅白の年末らしさを支える存在になっています。一方、2024年の「能登半島」のように、その年の社会的背景と重なる選曲もありました。
プロフィールを振り返ると、1958年生まれの熊本県出身で、1973年にデビュー。1981年の結婚、1984年の長女出産、1989年の離婚を経て、長年にわたり歌手活動を続けています。レコード会社はテイチクエンタテインメント、所属事務所はさゆり音楽舎です。
2026年は「タブレットブギ」の発売が新たな話題となりました。ただし、第77回NHK紅白歌合戦への出場や歌唱曲は、10月26日時点では未発表です。最新情報を知りたい場合は、石川さゆり公式サイト、テイチクエンタテインメント、NHKの紅白歌合戦公式発表を確認するのが確実です。
出場回数だけを見ると48回という数字が際立ちますが、その背景には、代表曲を歌い継ぐこと、時代に応じて新しい作品を発表すること、長年にわたって大みそかの舞台に向き合ってきた歩みがあります。2026年の出場発表と、2027年のデビュー55周年に向けた活動が、今後の注目点です。