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団時朗の本名は村田秀雄!郷秀樹役の経歴・旧芸名・死去まで徹底解説【2026】

新井 円 新井 円 • 更新: • 公開: • 読了約 15 分
目次

俳優の団時朗(だんじろう)さんは、1971年放送の特撮ドラマ『帰ってきたウルトラマン』で主人公・郷秀樹を演じ、世代を超えて記憶される俳優となりました。本名は村田秀雄(むらた・ひでお)。京都府京都市で生まれ、モデルや歌手として活動した後、テレビドラマや映画、舞台へと活躍の場を広げました。

2023年3月22日、肺がんのため74歳で逝去。2026年現在、新たな出演作を目にすることはできませんが、郷秀樹役をはじめとする数々の作品は今も視聴者の記憶に残っています。団次郎・団次朗という旧芸名の違い、若い頃の経歴、森次晃嗣さんとの交流、特撮ドラマでの代表的な役柄まで、公開されたプロフィールや所属事務所の発表、関係者の証言をもとに振り返ります。

【プロフィール】団時朗の本名・出身地・旧芸名を整理

団時朗

団時朗さんの本名は村田秀雄です。1949年1月30日に京都府京都市で生まれ、平安高等学校を卒業しました。同校は現在の龍谷大学付属平安高等学校にあたります。

芸能活動では、モデルや歌手としての経験を積み、資生堂の広告出演をきっかけに広く知られるようになりました。恵まれた容姿を生かしたモデル活動から映像作品へと進み、1970年代には俳優として確かな足跡を残しています。

プロフィールで混同されやすいのが、団時朗、団次郎、団次朗という3つの表記です。いずれも同じ俳優を指しており、別人ではありません。

  • 本名:村田秀雄(むらた・ひでお)
  • 芸名:団時朗(だんじろう)
  • 旧芸名:団次郎、団次朗
  • 生年月日:1949年1月30日
  • 出身地:京都府京都市
  • 学歴:平安高等学校卒業
  • 没年月日:2023年3月22日
  • 享年:74歳
  • 生前の所属事務所:アルファエージェンシー

芸名の変更は、人物の経歴を調べるうえで見落とせないポイントです。1984年からは「団時朗」名義で活動しており、それ以前の出演記録には「団次郎」や「団次朗」と記載されている場合があります。過去の作品を探す際には、3つの表記をまとめて確認すると出演歴を追いやすくなります。

【経歴・年表】若い頃から郷秀樹役に抜てきされるまで

団時朗さんの経歴を理解するうえで重要なのは、最初から特撮俳優として活動していたわけではないという点です。モデルや広告出演、歌手活動を経て俳優としての仕事を増やし、1971年に郷秀樹役を演じたことで、全国の視聴者にその名が知られるようになりました。

CDジャーナルなどの人物プロフィールや、所属事務所の発表、作品情報を照らし合わせると、活動の節目は次のように整理できます。

時期 出来事・作品 経歴上の意味
1949年1月30日 京都府京都市で誕生 本名は村田秀雄
1967年 平安高等学校を卒業 卒業後、上京して芸能活動の道へ
1968年 資生堂のCMでデビュー モデルとしての存在感を発揮
1970年 『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』に出演 本格的な俳優活動を進める
1971年 『帰ってきたウルトラマン』 主人公・郷秀樹役で人気を獲得
1974年 『スーパーロボット マッハバロン』 ウルトラシリーズ以外の特撮作品にも出演
1975年 『少年探偵団』 怪人二十面相役を演じる
1981年 『ロボット8ちゃん』 東映の不思議コメディーシリーズにも出演
1984年以降 「団時朗」名義で活動 現在広く知られる芸名に統一
2017年夏 肺がんと診断 所属事務所の訃報で公表
2023年3月22日 74歳で逝去 俳優としての生涯を終える

この年表から見えてくるのは、郷秀樹役がキャリアの出発点ではなく、モデルや広告、歌手活動を重ねた後に訪れた大きな転機だったということです。若い頃に培ったカメラの前での表現力や存在感は、後の映像作品での活躍にもつながっていきました。

また、1971年の主演作で強い印象を残した後も、特撮作品だけに活動を限定していません。テレビドラマ、映画、舞台などへ仕事の幅を広げ、長期にわたって俳優として活動を続けました。

【若い頃】モデル・CM・歌手活動で磨かれた存在感

団時朗さんの若い頃を語る際、欠かせないのがモデルとしての活動です。CDジャーナルのプロフィールによると、団さんは英系米国人の父と日本人の母を持ち、平安高等学校を卒業した後に上京しました。1968年には資生堂のCMに出演し、芸能活動の足がかりを築いています。

当時の芸能界では、広告やファッションモデルの仕事を通じて知名度を得た人物が、テレビや映画へ進出するケースもありました。団さんもそうした流れの中で、モデルとしての活動から歌手、そして俳優へと表現の領域を広げた一人です。

歌手としても活動した後、1970年には『江戸川乱歩シリーズ 明智小五郎』に出演。俳優としてのキャリアを本格化させました。翌年の『帰ってきたウルトラマン』で主役に起用されたことは、当時の活動の積み重ねが大きな仕事につながった節目といえます。

若い頃の団さんを振り返るとき、現在の特撮ファンが抱く「郷秀樹」のイメージだけで経歴を捉えるのは十分ではありません。広告やモデルの仕事を経て、歌手活動にも取り組み、複数のジャンルを経験したことが、その後の幅広い役柄を支えるキャリアの土台になりました。

【帰ってきたウルトラマン】団時朗が演じた郷秀樹とは?

団時朗さんの代表作として、最も広く知られているのが1971年に放送を開始した特撮ドラマ『帰ってきたウルトラマン』です。団さんは主人公の青年、郷秀樹を演じました。郷秀樹は、怪獣や宇宙からの脅威に立ち向かう人物であり、ウルトラマンジャックと一体となって地球を守る物語の中心を担います。

ここで押さえておきたいのは、郷秀樹という人間の役柄と、変身後のウルトラマンというヒーローの役割は、作品の中で結びついているものの、同一のキャラクター表記ではないことです。団さんが演じたのは人間としての郷秀樹であり、その人物像を通して、ヒーローの葛藤や成長が描かれました。

当時のウルトラシリーズは、怪獣との戦いを見せるだけでなく、主人公が人間として悩み、仲間との関係を築きながら困難に向き合うドラマでもありました。郷秀樹は、地球防衛の任務と日常の人間関係を抱える人物です。団さんの演技は、その二つの側面を担う主人公像を視聴者に印象づけました。

放送終了後も、団さんはウルトラシリーズの関連作品に郷秀樹役で出演しています。映画『ウルトラマンメビウス&ウルトラ兄弟』(2006年)、『大決戦!超ウルトラ8兄弟』(2008年)、『ウルトラマンサーガ』(2012年)などでも同役を演じ、長い年月を隔てて作品世界に戻ってきました。

2014年にWOWOWが紹介した番組関連インタビューでは、団さん自身が『帰ってきたウルトラマン』について、疲れたときに作品を見ると「郷秀樹が頑張っているんだから、俺も頑張ろう」と思うことがある、と語っています。演じた人物が、俳優本人にとっても前向きな気持ちを呼び起こす存在になっていたことがうかがえます。

また、団さんは作品を長年愛してくれるファンへの感謝も述べていました。放送当時の子どもたちが大人になってからも作品を見続け、新しい世代へと伝えていく。その継続的な支持が、郷秀樹という役柄と団さんの名前を強く結びつけています。

【特撮出演作品】マッハバロン・ロボット8ちゃんと森次晃嗣との交流

団時朗さんの出演歴は『帰ってきたウルトラマン』だけではありません。1974年の『スーパーロボット マッハバロン』や、1981年の『ロボット8ちゃん』など、異なる設定や作風の特撮ドラマにも出演しています。加えて、1975年の『少年探偵団』では怪人二十面相を演じました。

『少年探偵団』では、最終回に怪人二十面相の正体が演者である団さん本人だと示される、印象的な演出もありました。ヒーロー作品の主人公として広く知られる一方で、謎めいた敵役も演じていたことは、団さんの俳優としての幅を示すエピソードです。

その後も特撮作品への出演は続き、2019年から2020年にかけて放送された『騎士竜戦隊リュウソウジャー』や、映画『遊星王子2021』などにも出演しました。長年にわたる活動は、特定の作品の人気だけでなく、ジャンルをまたいで演じ続けたキャリアによって支えられていました。

もう一つ、ファンの間で語り継がれているのが、ウルトラシリーズの共演者との交流です。『ウルトラセブン』でモロボシ・ダンを演じた森次晃嗣さんと団さんは、『帰ってきたウルトラマン』での共演などを通じて親交を深めました。作品内では異なる人物を演じていても、俳優同士の関係は撮影の現場を越えて続いていたのです。

報道で紹介されたエピソードの一つに、団さんが森次さんの自宅を訪れた際、家にあった酒を飲み干して帰ることがよくあった、という話があります。また、団さんは子どもたちの夢を壊さないようにとの考えから、撮影当時にプロデューサーの円谷一さんに飲酒を控えるよう求められていたとも伝えられています。こうした話は、作品の厳かなイメージとは異なる、共演者同士の親しみや人間味を感じさせます。

団さんの訃報が伝えられた2023年3月、森次さんは所属事務所を通じて追悼のコメントを発表しました。病気については以前から聞いていたものの、体が大きく頑丈そうだった団さんが亡くなったことへの驚きと悲しみを語り、近年は新型コロナウイルスの影響もあって会えない時間が長かったことを悔やんでいました。

2025年には、『ウルトラマンA』で北斗星司を演じた高峰圭二さんが、森次さんのイベントに団さんのサングラスを着用して登場したことも報じられました。これは団さんの遺品を通じて、共演者たちのつながりが今も大切にされていることを伝える出来事でした。

【死去・現在】2023年3月22日に74歳で逝去

団時朗さんは、2023年3月22日午前4時14分、肺がんのため亡くなりました。74歳でした。所属事務所のアルファエージェンシーが同月24日に訃報を公表し、2017年夏に肺がんと診断されていたこと、前年末から病状が悪化していたことを明らかにしました。

所属事務所の発表では、病気になってからもユーモアと優しさを失わず、仕事に取り組んでいたと伝えられています。葬儀は近親者のみで執り行われました。訃報を受け、テレビ朝日系の報道や映画情報メディアなども、郷秀樹役をはじめとする団さんの代表作と歩みを報じました。

団さんの晩年にも、俳優としての活動は続いていました。映画『ニセコイ』や『遊星王子2021』、テレビドラマ『ただ離婚してないだけ』などへの出演歴があり、特撮作品で知られる一方、幅広い映像作品で演技を重ねていました。

2026年現在、団時朗さんはすでに逝去しており、現在の活動や新作出演はありません。一方、過去の作品を通じてその姿に触れることはできます。特に『帰ってきたウルトラマン』は、放送当時の視聴者にとって懐かしい作品であるだけでなく、後の世代が昭和特撮の魅力を知る入口にもなっています。

団さんのキャリアを振り返ると、ひとつの代表作で名を残しただけではなく、モデルや歌手としての経験を出発点に、テレビ、映画、舞台へと活動を広げたことがわかります。郷秀樹役の存在感と、長く俳優を続けた積み重ね。その両方が、今も団時朗という名前が検索され、作品が見返される理由になっています。

【団時朗】に関するよくある質問(FAQ)

Q1:団時朗の本名は何ですか?
A1:本名は村田秀雄(むらた・ひでお)です。1949年1月30日に京都府京都市で生まれ、平安高等学校を卒業しました。

Q2:団次郎・団次朗・団時朗の読み方は違いますか?
A2:いずれも「だんじろう」と読みます。団次郎と団次朗は旧芸名で、1984年以降は団時朗名義で活動しました。異なる人物ではなく、同じ俳優の名前です。

Q3:団時朗は『帰ってきたウルトラマン』で何役を演じましたか?
A3:主人公の郷秀樹役を演じました。郷秀樹はウルトラマンジャックと一体となり、怪獣などの脅威から地球を守る青年です。団さんは後年のウルトラシリーズ関連作品でも同役を演じています。

Q4:団時朗はいつ、何歳で亡くなりましたか?
A4:2023年3月22日に肺がんのため74歳で亡くなりました。所属事務所の発表によると、2017年夏に肺がんと診断され、2022年末から病状が悪化していました。

Q5:団時朗と森次晃嗣はどのような関係でしたか?
A5:ウルトラシリーズで活躍した俳優同士で、共演を通じて親交を深めました。団さんの訃報に際して森次さんは追悼のコメントを発表し、会えない時間が長くなっていたことへの悔しさも語っています。

Q6:団時朗の代表的な特撮出演作品は何ですか?
A6:代表作は『帰ってきたウルトラマン』です。そのほか、『スーパーロボット マッハバロン』『少年探偵団』『ロボット8ちゃん』などにも出演しました。後年も『騎士竜戦隊リュウソウジャー』や『遊星王子2021』などで活躍しています。

団時朗さんは、本名を村田秀雄といい、京都府京都市で生まれました。モデルや歌手としての活動を経て俳優の道を歩み、1971年の『帰ってきたウルトラマン』で郷秀樹を演じたことで、幅広い世代に知られる存在となりました。

団次郎・団次朗という旧芸名から団時朗への変更、怪人二十面相や『スーパーロボット マッハバロン』『ロボット8ちゃん』などの特撮作品、森次晃嗣さんをはじめとする共演者との交流は、そのキャリアを多角的に理解する手がかりです。

2023年3月22日に74歳で逝去した団さんですが、郷秀樹という役柄や、長年にわたる俳優活動の記録は今も残っています。団時朗について調べる際は、本名や旧芸名を整理したうえで、代表作だけでなく出演歴全体をたどることが、俳優としての魅力をより深く知る近道です。

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美容と健康の記事を9年担当。成分表記と公的機関の資料を確認し、効果を断定しない書き方を守っています。

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