「は・か・た・の・しお」という印象的なフレーズで知られる「伯方の塩」のCM。あの力強い歌声の主として広く知られているのが、演歌歌手の髙城靖雄(高城靖雄)です。しかし、伯方塩業の公式資料を確認すると、初代の声を担当した人物と、後にCMで歌唱した髙城靖雄は別人であることが分かります。
加えて、髙城靖雄は演歌歌手・新浜レオンの父親でもあり、イメージソング「男龍」との関係や、2019年に話題となった「二代目声優オーディション」も検索される理由の一つです。2026年の活動状況を含め、公式情報や報道資料をもとに、それぞれの関係を整理します。
【答え】伯方の塩のCM歌手は誰?高城靖雄と初代の声を整理

伯方の塩のCMソングを歌った人物として有名なのは、演歌歌手の髙城靖雄です。ただし、「は・か・た・の・しお」というサウンドロゴの初代の声まで髙城本人だった、という理解は正確ではありません。
伯方塩業の公式サイトにある「サウンドロゴの変遷」によると、CMの制作に関係した人物への確認を経て、2023年に作曲者と初代の声の担当者が判明しました。作曲者は浦田博信、初代の声を担当したのは音楽家の塩谷信廣です。
同社は、演歌歌手の髙城靖雄にも1997~2005年に歌唱してもらったと説明しています。一方、塩谷信廣の力強いシャウトが特徴のサウンドロゴは、当初から現在まで変わらず使用しているとしています。
つまり、検索される「伯方の塩の歌手」は、何を指すかによって答えが異なります。
- 初代サウンドロゴの声:塩谷信廣
- 1997~2005年にCMで歌唱した演歌歌手:髙城靖雄
- サウンドロゴの作曲者:浦田博信
長年耳にしてきたCMの声と、演歌歌手としての髙城靖雄の歌声が結びついているのは、彼が実際にCMで歌唱していたためです。髙城の功績を否定する話ではなく、音源の制作・歌唱の経緯を区別することで、疑問が解けます。
【高城靖雄の経歴】デビューから2026年の現在まで
髙城靖雄は岩手県出身の演歌歌手です。1987年に「水原達矢」の芸名で「日本海'88」をリリースし、メジャーデビューしました。作詞は荒木とよひさ、作曲は吉幾三が担当しています。
デビュー後は新人賞などで実績を重ね、演歌・歌謡曲の世界で活動を続けてきました。コミュニティFM「おはようサタデー」の番組紹介では、新宿音楽祭新人賞や、1988年の全日本有線放送新人賞、1991年のNHK新人歌謡コンテスト入賞などが紹介されています。
髙城の知名度を幅広い層に広げたのが、伯方の塩のCMでの歌唱です。一方、演歌歌手としては「男龍」をはじめ、吉幾三との縁から生まれた楽曲などを発表してきました。CMの短いフレーズだけでは分からない、長年の歌手活動がその背景にあります。
髙城靖雄の主な経歴・活動年表| 時期 | 出来事 | 確認できる内容 |
|---|---|---|
| 1987年 | メジャーデビュー | 水原達矢名義で「日本海'88」をリリース |
| 1987~1991年 | 新人賞などで実績 | 新宿音楽祭新人賞、全日本有線放送新人賞、NHK新人歌謡コンテスト入賞など |
| 1997~2005年 | 伯方の塩のCMで歌唱 | 伯方塩業の公式ギャラリーに記載 |
| 2013年 | 「ああ…あの日の三陸」をリリース | 日本クラウンのディスコグラフィーに掲載。「男龍」も収録 |
| 2019年 | 新浜レオンが歌手デビュー | 5月1日にデビュー。髙城は実父として報道で紹介 |
| 2023年 | サウンドロゴの制作関係者が判明 | 伯方塩業が浦田博信と塩谷信廣を公表 |
| 2026年 | 歌手活動・地域振興活動を継続 | 6月公開のインタビューで、ふるさと大使や歌謡イベントの活動を紹介 |
この年表から分かるのは、髙城靖雄がCMだけを活動の場としてきた人物ではないという点です。CMで広く知られる一方、演歌歌手としてのキャリアは1987年のデビューから続いています。
2026年現在も歌手活動を続けている2026年6月15日公開の企業向けインタビュー記事では、髙城靖雄は歌手活動のマネジメントを行う有限会社髙城総合企画の代表取締役として紹介されています。歌謡イベントの企画・運営や地域振興にも取り組んでいるといいます。
同記事によれば、髙城は出身地の岩手県洋野町、秋田県にかほ市、拠点を置く千葉県白井市の3自治体でふるさと大使を務めています。地域にゆかりのある歌手として、歌を通じて各地の魅力を伝える活動を続けている状況です。
また、歌謡イベント「きずな歌謡祭」の主催やイベント運営にも携わっています。2026年の髙城靖雄を調べる際は、過去のCM出演だけでなく、こうした現在の活動にも目を向けると、人物像をより立体的に理解できます。
【「男龍」とCMソング】髙城靖雄の歌声が印象に残る理由
髙城靖雄と伯方の塩を結びつけるもう一つの重要な要素が、イメージソング「男龍」です。コミュニティFM「おはようサタデー」の番組紹介でも、髙城靖雄が伯方の塩のイメージソング「男龍」で知られる歌手として紹介されています。
「男龍」は、荒木とよひさが作詞し、岡千秋が作曲した演歌です。日本クラウンの公式ディスコグラフィーにも、髙城靖雄のシングル「ああ…あの日の三陸」の収録曲として掲載されています。
髙城靖雄の公式チャンネルでも、2019年7月に「伯方の塩イメージソング 男龍【本人歌唱】」として動画が公開されました。本人の歌声で「男龍」を聴ける資料が存在するため、CMで聞き覚えのある声と演歌歌手としての実力を結びつけやすいのです。
「男龍」と「は・か・た・の・しお」は同じ曲なのかこの疑問を理解するうえで大切なのは、イメージソングとサウンドロゴを分けることです。
「男龍」は演歌作品としての楽曲であり、「は・か・た・の・しお」は商品の名前を短いメロディーと声で印象づけるサウンドロゴです。ライブドアニュースが紹介した2013年のテレビ出演記事では、「男龍」の「男の汗」というフレーズとCMの掛け声との関係も取り上げられています。
つまり、髙城靖雄が歌う「男龍」を聴けば、CMで知られる力強い歌唱とのつながりを感じられますが、CMのサウンドロゴそのものと「男龍」の音源を、すべて同一の歌唱・録音と考えるのは適切ではありません。
CMの短いフレーズが強く記憶に残るのは、商品名を音節ごとに区切り、力強い声で印象づける構成にも理由があります。長い演歌の中の一節とは異なり、短時間で商品名を覚えてもらうという広告ならではの役割があるのです。
【2代目オーディションの真相】選ばれた声とCMの交代は別の話
伯方の塩の歌手を調べると、2019年に開催された「二代目声優オーディション」が話題になります。この企画は実在し、伯方塩業が公式サイトで結果を発表しています。
同社の発表によると、募集期間は2019年5月11日から6月30日まで。最終的な投稿数は2,639件に達しました。応募が予想を上回ったため、選考と結果発表の日程が延期されたことも、当時の告知資料に記録されています。
結果発表ではグランプリ、優秀賞、特別賞などが設けられ、応募数の多さを受けて個性的な作品に贈る賞も新設されました。企画は「は・か・た・の・しお」という短いフレーズを、多様な声や表現で楽しむ参加型の試みだったと分かります。
オーディションで選ばれた人がCMの声を全面的に引き継いだのかここが誤解されやすいポイントです。オーディションの名称は「二代目声優オーディション」ですが、伯方塩業の募集要項では、グランプリ受賞者の活躍媒体はWeb広告を中心とすると説明されていました。
加えて、同社の公式ギャラリーは、塩谷信廣の力強いシャウトが特徴のサウンドロゴを当初から現在まで変わらず使用していると説明しています。この公式説明を踏まえると、2019年のオーディションを、テレビCMの定番サウンドロゴが全面的に交代した出来事と解釈することはできません。
「2代目」という言葉だけを見ると、初代の担当者が退き、新しい人物がすべてを引き継いだように感じる可能性があります。しかし、実際にはオーディションの受賞者がWeb広告を中心に活動する企画と、長年使われてきたサウンドロゴの継続は、分けて考える必要があります。
この区別を押さえておけば、「現在の声は誰なのか」「高城靖雄が初代なのか」「2代目は誰なのか」という複数の疑問を混同せずに理解できます。
【新浜レオンとの親子関係】父親が伯方の塩の歌手というのは本当?
本当です。髙城靖雄は、演歌・歌謡曲の歌手として活動する新浜レオンの実父です。新浜レオンは2019年5月1日に「離さない 離さない」で歌手デビューしました。
2019年4月30日付の日刊スポーツや東スポWEBの記事でも、新浜レオンの父親は伯方の塩のCMソングを歌う演歌歌手・高城靖雄として紹介されています。親子関係は、単なるネット上の噂ではなく、報道で確認できる事実です。
新浜レオンは父親の影響で歌手になったのか新浜レオンは、父親が演歌歌手だったことから、幼い頃から演歌や歌謡曲が身近にある環境で育ちました。2021年の日刊スポーツのインタビューでは、父親の仕事を身近に見て育ったことや、歌手になるまでの歩みが紹介されています。
一方で、新浜レオンは高校時代まで野球に打ち込んでいました。千葉英和高校では野球部の捕手としてプレーし、県大会ベスト4に進出。野球に力を注いだ学生時代を経て、歌手の道へ進みました。
新浜がデビューした際には、「伯方の塩の息子」という切り口でも報じられました。父親の知名度が、新人歌手の紹介において大きな話題になったことは確かです。ただし、新浜レオン自身も独立した歌手として活動しており、父親のCM出演歴だけでキャリアを説明することはできません。
父と息子は現在も一緒に活動しているのか父と息子がともに歌手であることは確認できますが、親子が常に同じ仕事をしているわけではありません。髙城靖雄は演歌歌手としての活動に加え、地域振興や歌謡イベントの運営にも取り組んでいます。一方、新浜レオンは自身の楽曲や歌手活動を通じてキャリアを築いています。
2026年5月のスポニチアネックスの記事では、新浜がテレビ番組で父親にまつわるエピソードを語ったことが報じられました。幼い頃の家族の思い出や、父親が学校行事でも「塩」に話をつなげていたというエピソードが紹介され、伯方の塩が家庭生活にも結びついていた様子が伝わっています。
親子関係を知るうえでは、こうした本人の発言や報道を手がかりにするのが確実です。家族のプライベートに関する詳細は、公開されている情報の範囲で理解するのが適切でしょう。
【伯方塩業とCMの歴史】1973年の製造開始から現在まで
伯方の塩のCMが長く親しまれてきた背景には、商品の歴史とサウンドロゴの定着があります。伯方塩業の公式沿革によると、同社は1973年8月に創業し、同年12月に塩の製造を開始。商品としての「伯方の塩」は1974年1月に発売されました。
したがって、「伯方の塩は1973年から製造・販売されている」という説明では、製造開始と発売の時期を区別すると、より正確です。
同社の公式資料では、テレビCMの放映開始は1980年、サウンドロゴの使用開始は1987年とされています。商品が発売された後、CMによる認知が広がり、短いフレーズがブランドを象徴する存在になっていきました。
また、初代の声を担当した塩谷信廣と作曲者の浦田博信が公表されたのは2023年です。伯方塩業は、創業50周年を迎えた年に、当時のCM制作に関わった人々を通じて情報を確認できたと説明しています。長く知られていたフレーズでも、制作に関わった人物の特定には時間がかかったことが分かります。
この歴史から見えてくるのは、ブランドの認知度を支えてきたのが、特定の歌手一人だけではないという点です。商品の開発・販売、CMの制作、作曲、声の演技、そして時代ごとの歌唱が組み合わさり、あのフレーズが世代を超えて記憶されるようになりました。
【伯方の塩歌手】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:伯方の塩のCM歌手は高城靖雄ですか?
A1:髙城靖雄は1997~2005年に伯方の塩のCMで歌唱した演歌歌手です。ただし、定番サウンドロゴの初代の声は塩谷信廣で、作曲者は浦田博信です。歌唱担当と初代の声を区別すると、正確に理解できます。
Q2:高城靖雄は2026年現在も活動していますか?
A2:はい。2026年6月公開のインタビュー記事では、歌手活動に加え、ふるさと大使としての地域振興や歌謡イベントの企画・運営に取り組んでいると紹介されています。
Q3:新浜レオンは伯方の塩の歌手の息子ですか?
A3:はい。新浜レオンは髙城靖雄の実の息子です。2019年5月1日に「離さない 離さない」で歌手デビューしました。
Q4:「男龍」は伯方の塩のCMソングですか?
A4:「男龍」は髙城靖雄が歌う伯方の塩のイメージソングとして知られています。ただし、商品名を歌う短いサウンドロゴとは区別して理解する必要があります。
Q5:伯方の塩の二代目声優オーディションでは、CMの声が交代したのですか?
A5:2019年に二代目声優オーディションが開催されたことは公式発表で確認できます。ただし、伯方塩業の公式ギャラリーは、定番サウンドロゴには初代の塩谷信廣の声を当初から現在まで使用していると説明しています。オーディションの実施と、テレビCMの定番音源の全面的な交代は別の話です。
「は・か・た・の・しお」で知られる伯方の塩の歌手を調べる際、最も大切なのは、CMのサウンドロゴ、髙城靖雄の歌唱、イメージソング「男龍」を区別することです。
髙城靖雄は1997~2005年にCMで歌唱した演歌歌手であり、新浜レオンの実父です。一方、伯方塩業の公式資料によれば、初代の声は塩谷信廣、作曲者は浦田博信。定番サウンドロゴは現在まで変わらず使用されているとされています。
また、2019年の二代目声優オーディションは、2,639件の投稿が集まった実際の企画でした。ただし、その実施をもって、テレビCMの定番サウンドロゴが全面的に交代したと考えるのは正確ではありません。
2026年現在の髙城靖雄は、CMで知られる歌声に加え、演歌歌手としてのキャリアや地域振興の活動も続けています。伯方の塩という商品が1973年の製造開始から歩んできた歴史とともに見ることで、あの短いフレーズの背後にある人々の仕事と、長年にわたるブランドづくりが見えてきます。
CMで聞こえる声が誰なのかを知りたいときは、名前だけで判断するのではなく、初代の声、歌唱を担当した歌手、イメージソングの三つを分けて確認する。それが、伯方の塩の歌声をめぐる疑問を解く最も確実な方法です。