「うちら陽気なかしまし娘~」のテーマソングで親しまれ、戦後の演芸界に大きな足跡を残した姉妹漫才トリオ「かしまし娘」。2026年現在、3人のメンバーはどうなっているのでしょうか。
長女の正司歌江さんは2024年1月19日に94歳で、次女の正司照枝さんは同年7月8日に91歳で亡くなりました。三女の正司花江さんは1936年生まれで、2026年10月時点では90歳です。3人がそろって活動した時代は過去のものとなりましたが、道頓堀角座を拠点に全国的な人気を集めた功績は、今も上方演芸の歴史に刻まれています。
【2026年最新】かしまし娘の現在、存命メンバーは正司花江

かしまし娘は、長女・正司歌江さん、次女・正司照枝さん、三女・正司花江さんの3人で結成された姉妹音曲漫才トリオです。2024年に歌江さんと照枝さんが相次いで亡くなり、2026年現在、3人の中で存命のメンバーは花江さんだけとなっています。
花江さんは1936年5月4日生まれ、秋田県秋田市出身。2026年10月時点で90歳です。幼い頃から芸能の世界に身を置き、かしまし娘の活動休止後も女優としてテレビドラマや舞台などに出演してきました。
NHK連続テレビ小説『だんだん』『おちょやん』などの出演歴があり、テレビドラマを通じて花江さんを知った世代も少なくありません。WEBザテレビジョンのプロフィールには、2024年放送の『ブラックペアン シーズン2』への出演も掲載されています。
ただし、2026年に入ってからの新たな出演情報や定期的な芸能活動については、広く確認できる公表情報が限られています。プロフィールに出演歴が掲載されていることと、現在も継続的に仕事をしていることは別の話です。近況を知る際は、最新の出演告知と過去の経歴を区別する必要があります。
また、花江さんが存命であることと、かしまし娘が3人組として活動を続けていることも同じではありません。歌江さんと照枝さんの死去により、3人そろっての新たな漫才や舞台出演は、従来の形では実現できなくなりました。
【2024年の訃報】正司歌江・照枝の死因と最期
かしまし娘のファンにとって大きな節目となったのが、2024年に相次いだ2人の訃報です。歌江さんは1月、照枝さんは7月に亡くなりました。いずれも所属事務所の発表をもとに、テレビ朝日ニュースやTBS NEWS DIG、日刊スポーツなどが報じています。
長女・正司歌江さんは2024年1月19日に94歳で死去歌江さんは2024年1月19日午前0時38分、大阪府内の自宅で老衰のため亡くなりました。訃報は同月24日に所属先のワハハ本舗から発表され、享年は94歳でした。
TBS NEWS DIGなどの報道によると、歌江さんは晩年、療養生活を送っていました。最期は家族に見守られながら静かに息を引き取ったと伝えられています。葬儀・告別式は遺族の意向により親族のみで執り行われました。
歌江さんの死去を受け、妹の照枝さんは、トリオのテーマソングになぞらえた「これでおしまい かしまし娘」という言葉で姉を悼みました。花江さんも、面倒見のよい芸達者な姉だったと振り返り、感謝の気持ちを伝えています。
次女・正司照枝さんは2024年7月8日に91歳で死去照枝さんは2024年7月8日午後6時ごろ、大阪府内の自宅で急性心臓死により亡くなりました。91歳でした。所属事務所のシュープロモーションが発表し、同月10日にTBS NEWS DIGなどが報じています。
照枝さんは、歌江さんの死去から約半年後に亡くなりました。報道によると、亡くなった当日も普段と変わらない様子だったといいます。花江さんは、幼い頃からずっと一緒に過ごした姉の死を受け止めきれず、今も隣にいるような気がするとコメントしました。
照枝さんの葬儀・告別式は、故人の遺志により家族葬とされました。晩年は女優としても活動し、NHK連続テレビ小説『カーネーション』やTBS系ドラマ『陸王』、日本テレビ系ドラマ『高嶺の花』などに出演しています。
なお、「急性心臓死」は訃報で公表された死因の表記です。これを特定の心臓病や心筋梗塞と同一視することはできません。歌江さんの死因は老衰、照枝さんの死因は急性心臓死と、発表された内容を分けて理解することが大切です。
【経歴年表】道頓堀角座で人気を集めたかしまし娘の歩み
かしまし娘は、歌や楽器を取り入れた音曲漫才で人気を集めたグループです。大阪・道頓堀の角座をホームグラウンドとし、松竹芸能を代表する芸人として全国的に知られるようになりました。
大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」の殿堂入り紹介によると、3人は1956年にデビューし、1966年には第1回上方漫才大賞を受賞。後の女性トリオによる音楽ショーにもつながる先駆的な存在として評価されています。
| 時期 | 出来事 | 主な意味・実績 |
|---|---|---|
| 幼少期 | 旅回りの芸能一座で育つ | 姉妹は幼い頃から舞台に立ち、芸を身につける |
| 1956年 | かしまし娘として本格的に活動を開始 | 歌、三味線、ギターを組み合わせた音曲漫才で人気を集める |
| 1950~1960年代 | 道頓堀角座を拠点に活躍 | 松竹芸能の看板芸人として全国区の知名度を獲得 |
| 1966年 | 第1回上方漫才大賞を受賞 | 上方漫才を代表するトリオとして評価される |
| 1981年 | トリオとしての漫才活動を休止 | 以降は個人の女優・タレント活動が中心となる |
| 2005年 | 第34回上方お笑い大賞審査員特別賞を受賞 | 長年の活動と演芸界への貢献が評価される |
| 2018年 | 上方演芸の殿堂入り | 上方演芸史に残る功績が顕彰される |
| 2024年1月19日 | 正司歌江さんが94歳で死去 | 3人そろっての活動に大きな節目 |
| 2024年7月8日 | 正司照枝さんが91歳で死去 | 3人のうち存命メンバーは正司花江さんのみとなる |
3人の芸を象徴するのが、「うちら陽気なかしまし娘~」というテーマソングです。歌江さんが三味線を担当し、照枝さんと花江さんがギターを弾くという構成で、音楽と漫才を一体化させていました。
歌謡曲や民謡、浪曲などを織り込みながら、姉妹同士の遠慮のない掛け合いを展開する。単に楽器を演奏しながら笑いを取るのではなく、歌唱力やリズム感、3人の個性、家族ならではの距離感を組み合わせた点が特徴です。
道頓堀角座は、当時の大阪の演芸文化を支えた劇場の一つです。そこで鍛えた舞台芸を土台に、かしまし娘はテレビや全国公演でも人気を獲得しました。1966年の上方漫才大賞受賞は、その活躍を示す代表的な節目となっています。
【活動休止の理由】1981年にかしまし娘はなぜ漫才をやめたのか
かしまし娘のトリオとしての漫才活動は、1981年を最後に休止しました。長年の人気を考えると、なぜ活動を続けなかったのかと疑問に感じる人もいるでしょう。
スポーツニッポンの報道では、松竹芸能の創業者である勝忠男社長から、かしまし娘の漫才はもうやらないという趣旨を告げられたことが、活動休止の経緯として伝えられています。少なくとも、単純に姉妹の不仲だけを理由に解散したと説明するのは、報道された経緯とは異なります。
ここで押さえておきたいのは、1981年の活動休止が、3人の芸能活動すべての終了を意味したわけではないという点です。トリオ漫才を休止した後も、それぞれが女優やタレントとして仕事を続けました。
照枝さんは松竹新喜劇に参加した後、テレビドラマや映画、舞台で活躍しました。歌江さんも女優やタレントとして活動し、2009年にはワハハ本舗に所属。花江さんも女優としてドラマや舞台などに出演してきました。
また、3人がそろってテレビ番組やCMなどに出演したり、不定期に喜劇の舞台で共演したりする機会もありました。2018年には上方演芸の殿堂入りを果たしており、トリオとしての歴史が後年まで顕彰されています。
つまり、1981年は「かしまし娘」というグループの漫才活動に区切りがついた年です。個人活動まで同時に終わったわけではなく、長年培った知名度や芸を、それぞれの仕事へとつなげていった時期でもありました。
【誤解を整理】姉妹関係・メンバーの死因・かしまし娘の功績
「かしまし娘現在」と検索する人が気になりやすいのは、メンバーが今も3人そろっているのか、姉妹の関係はどうだったのか、活動休止と解散は同じ意味なのか、といった点です。それぞれを整理すると、グループの歩みがより明確になります。
かしまし娘は実の姉妹による3人組3人は、長女の歌江さん、次女の照枝さん、三女の花江さんという実の姉妹です。両親が旅回りの芸能一座に携わっていたこともあり、姉妹は幼少期から芸能の世界と深く関わっていました。
姉妹ならではの関係性は、かしまし娘の漫才における大きな魅力でした。遠慮のない言い合いや息の合った掛け合いが、歌と楽器による演出と組み合わさり、独特のテンポを生み出していたのです。
ただし、姉妹であることと、常に仲がよかったことは同じではありません。過去の報道では、楽屋で姉妹げんかが絶えなかったという関係者の証言も紹介されています。それでも、舞台上ではその近い関係性が芸の面白さにつながっていました。
「活動休止」と「解散」は区別して考える1981年に休止したのは、かしまし娘としてのトリオ漫才です。その後も個人活動や3人での共演があったため、活動休止の時点ですべての関係が途切れたわけではありません。
一方、2024年には歌江さんと照枝さんが亡くなりました。3人そろっての活動を将来にわたって続けることは、もはやできません。したがって、2026年現在は、かしまし娘の歴史を振り返る際にも、1981年の漫才活動休止と2024年の相次ぐ訃報を別々の出来事として捉える必要があります。
芸能史に残したものは、テーマソングだけではないかしまし娘の知名度を支えたのは、耳に残るテーマソングだけではありません。三味線とギターを組み合わせた演奏、歌唱としゃべくりの融合、姉妹ならではの個性のぶつかり合いが、グループ独自の芸を形づくっていました。
大阪府立上方演芸資料館「ワッハ上方」は、かしまし娘の功績を紹介し、2018年の上方演芸の殿堂入りについても記録しています。2005年には第34回上方お笑い大賞審査員特別賞を受賞しており、活動休止後も演芸界における評価が続いていたことが分かります。
個々のメンバーが女優としてキャリアを築いたことも重要です。トリオの人気だけに依存するのではなく、活動休止後もそれぞれが別の役柄や舞台に挑戦したことは、長い芸歴を支える要因になりました。
【かしまし娘現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:かしまし娘のメンバーは現在、全員亡くなったのですか? A1:いいえ。2026年10月時点で、歌江さんと照枝さんは亡くなっていますが、三女の正司花江さんは存命です。花江さんは1936年5月4日生まれで、現在90歳です。
Q2:正司歌江さんの死因は何ですか? A2:歌江さんは2024年1月19日に94歳で亡くなり、死因は老衰と発表されました。所属先のワハハ本舗が訃報を公表し、テレビ朝日ニュースやTBS NEWS DIGなどが報じています。
Q3:正司照枝さんの死因は何ですか? A3:照枝さんは2024年7月8日に91歳で亡くなり、死因は急性心臓死と発表されました。訃報は所属事務所のシュープロモーションが公表しています。
Q4:かしまし娘が活動休止したのはいつですか? A4:トリオとしての漫才活動は1981年に休止しました。ただし、その後も3人は個々に女優やタレントとして活動し、テレビ番組や舞台などで共演する機会がありました。
Q5:かしまし娘はどこで人気を集めたのですか? A5:大阪・道頓堀角座をホームグラウンドに活躍し、松竹芸能を代表する芸人として全国的な人気を獲得しました。歌や楽器を取り入れた音曲漫才で知られ、1966年には第1回上方漫才大賞を受賞しています。
Q6:正司花江さんは2026年も芸能活動を続けていますか? A6:花江さんは女優として活動してきた経歴があり、公開プロフィールには2024年の『ブラックペアン シーズン2』への出演も掲載されています。ただし、2026年の新規出演や定期的な活動については、公表情報が限られているため、現在の仕事の状況を一律に断定することはできません。
2026年現在、かしまし娘のメンバーで存命なのは三女の正司花江さんです。長女の歌江さんは2024年1月19日に老衰のため94歳で、次女の照枝さんは同年7月8日に急性心臓死のため91歳で亡くなりました。
3人が本格的に活動を始めたのは1956年。道頓堀角座を拠点に、三味線やギター、歌、姉妹ならではの掛け合いを組み合わせた音曲漫才で人気を集めました。1966年の第1回上方漫才大賞受賞や、2018年の上方演芸の殿堂入りは、その功績を示す節目です。
1981年の活動休止は、トリオとしての漫才に区切りをつけた出来事でした。しかし、3人はその後も個人の芸能活動を続け、長い芸歴を重ねました。活動休止をそのまま芸能界からの引退や、姉妹の不仲による解散と結びつけるのは正確ではありません。
かしまし娘の現在を知るうえでは、メンバーそれぞれの近況、2024年の訃報、1981年の活動休止という3つの事実を分けて整理することが大切です。3人がそろって歌い、笑いを届けた舞台は過去のものとなりましたが、その芸と功績は上方演芸の歴史の中で今も語り継がれています。