漫画家・倉田真由美さんの夫は、映画プロデューサーとして知られた叶井俊太郎さんです。2009年9月に結婚した2人は、映画や漫画の趣味が合い、約14年半にわたって夫婦として暮らしました。しかし、叶井さんは膵臓がんを患い、2024年2月16日に56歳で死去。妻の倉田さんが自宅で最期を看取ったことも報じられました。(日刊スポーツ、ORICON NEWS、TBS NEWS DIG)
2026年現在、倉田さんは夫との生活や闘病の日々を振り返りながら、漫画家・著述家として活動しています。2人の馴れ初め、倉田さんの前夫との離婚、子どもを含む家族構成、叶井さんの4度の結婚と映画業界での経歴、共著『ダメになってもだいじょうぶ』まで、夫婦の歩みを時系列で整理します。
【結論】倉田真由美の旦那は映画プロデューサーの叶井俊太郎

倉田真由美さんの夫だった叶井俊太郎さんは、海外映画の買い付けや映画宣伝、企画・プロデュースを手がけた映画業界の人物です。フランス映画『アメリ』の日本でのヒットに関わったほか、『いかレスラー』『日本以外全部沈没』『ヅラ刑事』など、個性的な作品にも携わりました。
叶井さんは1967年9月18日生まれの東京都出身。倉田さんは1971年7月23日生まれで、2人の年齢差は約4歳です。倉田さんは一橋大学商学部を卒業後、漫画家として活動し、ダメな男性に惹かれる女性たちを描いた『だめんず・うぉ〜か〜』で広く知られるようになりました。(集英社オンライン、新潮社の著者プロフィール、日刊スポーツ)
夫婦の組み合わせが注目された理由の一つは、倉田さんの代表作が「だめんず」をテーマにしていたことです。破天荒な経歴を持つ叶井さんとの結婚は、漫画の世界を連想させる話題性がありました。しかし、本人が後年のインタビューで語った結婚生活は、世間が抱きがちなイメージとは少し異なります。
倉田さんは2024年2月、夫の死去を報告した際、夫とは相性がよく、家族として過ごした十数年には「いい思い出しかありません」と振り返りました。夫の生き方に問題がなかったという意味ではなく、個性的な相手を理解し、互いに無理なく過ごせたという夫婦の実感が伝わる言葉です。(ORICON NEWS、2024年2月27日)
【馴れ初めと結婚】前夫との離婚を経て叶井俊太郎と出会うまで
倉田さんは叶井さんと結婚する前に、編集者の男性と結婚していました。28歳で結婚し、男児を出産したものの、結婚生活は長く続きませんでした。倉田さんが2025年のインタビューで振り返ったところによると、交際中は話が合って楽しかった一方、結婚後はけんかが増え、一緒に暮らし続けることが難しくなったため、約1年半で離婚したといいます。
離婚後は息子を連れて福岡の実家に戻り、東京で漫画の仕事をしながら子育てを続けました。『だめんず・うぉ〜か〜』がヒットしたことも、仕事と家庭を両立するうえで支えになったと語っています。前夫との離婚について、必要以上に相手を悪者にするのではなく、結婚生活が自分に合わなくなった経緯を本人が説明している点が特徴です。(週刊女性PRIME、2025年1月)
叶井さんとの出会いを仲介したのは、小説家の中村うさぎさんでした。中村さんから「倉田さんが好きそうな男性がいる」と紹介されたことが、2人の関係が始まるきっかけになったと報じられています。
倉田さんによれば、叶井さんとは初対面から話が尽きず、映画や漫画の好みが細かな部分まで一致していました。叶井さんが映画『アメリ』の買い付けで知られていたことに加え、ホラーコメディーや個性的な邦画を好んでいた点も、2人の共通点だったといいます。共通の趣味を通じて自然に交際が始まり、2009年9月に結婚しました。(週刊女性PRIME、2025年1月)
結婚当時、倉田さんは38歳。前の結婚で生まれた長男を育てながら、漫画家として仕事を続けていました。叶井さんとの間には2009年11月に長女が誕生し、夫婦は子どもたちを含む家族として生活するようになります。
【経歴・年表】叶井俊太郎はどんな映画プロデューサーだったのか
叶井さんの経歴を理解するうえで欠かせないのが、メジャー作品だけでなく、ホラーやコメディーなど、強い個性を持つ映画を日本に紹介してきた仕事です。一般的な知名度を大きく高めた『アメリ』から、カルト的な人気を持つ邦画まで、その仕事の幅は広いものでした。
日刊スポーツなどの報道によると、叶井さんは1991年に映画配給会社へ入り、1992年には香港映画『八仙飯店之人肉饅頭』を買い付けました。2001年には『アメリ』の日本公開に関わり、同作は国内興行収入約16億円のヒットを記録。その後も映画会社の設立や作品のプロデュースを手がけました。
| 時期 | 出来事・経歴 | ポイント |
|---|---|---|
| 1967年 | 東京都で生まれる | 後に映画宣伝・配給の分野で活躍 |
| 1991年 | 映画配給会社に入社 | 映画業界でのキャリアを開始 |
| 1992年 | 『八仙飯店之人肉饅頭』を買い付け | 刺激の強い海外映画の紹介でも知られる |
| 2001年 | フランス映画『アメリ』の買い付けに関わる | 国内興行収入約16億円のヒット |
| 2003年 | ファントム・フィルムを設立 | 映画の配給・宣伝事業を展開 |
| 2005年 | トルネード・フィルムを設立 | 映画プロデューサーとして活動 |
| 2009年 | 倉田真由美さんと結婚 | 同年11月に長女が誕生 |
| 2010年 | トルネード・フィルムが破産申請 | 経営上の大きな転機となる |
| 2022年6月 | 膵臓がんと診断され、余命半年の宣告を受ける | その後も仕事や日常生活を続けた |
| 2024年2月16日 | 自宅で死去 | 享年56 |
叶井さんの仕事は、映画の買い付けだけにとどまりません。河崎実監督作品の『いかレスラー』『ヅラ刑事』『日本以外全部沈没』などにも携わり、独特の企画を映画として形にしてきました。海外の刺激的な作品から日本のユニークなコメディーまで、ジャンルにとらわれない仕事ぶりが特徴でした。(日刊スポーツ、集英社オンライン、婦人公論.jp)
一方、叶井さんが代表を務めたトルネード・フィルムは2010年に破産申請しています。日刊スポーツは、当時の負債総額を約3億円と報じました。映画業界で大胆な企画を実現する力があったことと、会社経営が厳しい結果に終わったことは、分けて考える必要があります。映画プロデューサーとしての実績は、こうした経営上の挫折も含めた経歴の中にあります。(日刊スポーツ、2010年4月)
【家族構成】子どもは何人?前夫との長男と叶井俊太郎との長女
倉田真由美さんの家族構成を整理すると、前の結婚で生まれた長男と、叶井俊太郎さんとの間に生まれた長女がいます。子どもは2人で、それぞれ父親が異なります。倉田さんは前夫との離婚後、長男を育てながら仕事を続け、その後、叶井さんと再婚しました。
叶井さんとの間に生まれた長女は2009年11月生まれです。叶井さんが亡くなった2024年2月には中学生でした。報道では、叶井さんが娘に愛情を注ぎ、家族との時間を大切にしていた様子も伝えられています。2024年4月には、倉田さんが娘と姪との暮らしについて公に語ったことも報じられました。(日刊スポーツ、2024年4月)
一方、叶井さんの結婚歴は4回です。倉田さんとの結婚は、叶井さんにとって4度目の結婚に当たります。これは、倉田さん自身が4回結婚したという意味ではありません。倉田さんについては、前夫との結婚・離婚を経て、2009年に叶井さんと再婚したという経緯です。
夫婦は2010年に共著『ダメになってもだいじょうぶ―600人とSEXして4回結婚して破産してわかること』を出版しています。幻冬舎の書誌情報によると、発売日は2010年11月24日。叶井さんの破天荒な人生を本人が語り、倉田さんが漫画でツッコミを入れる構成です。タイトルにある「4回結婚」は叶井さんの結婚歴を指しています。(幻冬舎の書誌情報)
同書は、一般的な夫婦の成功談とは異なり、失敗や浪費、女性関係、会社経営の挫折などを隠さず取り上げています。叶井さんの人生を笑いに変える視点と、倉田さんの漫画家としての観察眼が重なった作品です。2人の結婚生活を知るうえでは、経歴だけでなく、夫婦が自分たちの関係をどのように語っていたのかを知る手がかりにもなります。
【死去と死因】叶井俊太郎は膵臓がんで2024年2月16日に死去
叶井俊太郎さんは2022年6月に膵臓がんと診断され、医師から余命半年と告げられたことを公表していました。その後も映画の仕事を続け、2023年には病状がステージ4に進行したことが報じられています。余命宣告から約1年8カ月後の2024年2月16日、東京都内の自宅で亡くなりました。56歳でした。(日刊スポーツ、デイリースポーツ、TBS NEWS DIG)
倉田さんは同月27日、夫が亡くなってから初めてとなる投稿で、最期を自宅で看取ったことを明かしました。夫が亡くなる前日までシャワーを浴び、髪を洗い、ひげをそり、普段と変わらず会話をしていたことも振り返っています。そして、夫婦として過ごした時間について「いい思い出しかありません」とつづりました。(ORICON NEWS、2024年2月27日)
叶井さんの闘病で特徴的だったのは、本人が抗がん剤治療や手術などの標準的ながん治療を受けないという選択をしたことです。倉田さんは2025年のインタビューで、夫が治療による苦痛を避け、自分の好きなことを続けたいと考えていた経緯を説明しています。ただし、標準的ながん治療を選ばなかったことと、痛みや症状に対するケアを受けなかったことは同じではありません。倉田さんは、夫が自宅で緩和ケアを受けていたことも明らかにしています。(サイゾーオンライン、2025年5月、東スポWEB、2025年2月)
2025年2月には、倉田さんが『抗がん剤を使わなかった夫~すい臓がんと歩んだ最期の日記~』を刊行しました。夫の診断から死去までの約1年9カ月を、妻の立場から記録した著書です。夫の選択を一つの体験として伝えるものであり、標準治療を受けないことが誰にとっても適切だと示すものではありません。がん治療の選択は、病状や本人の希望、医療者との相談などを踏まえて個別に考える必要があります。(サイゾーオンライン、2025年5月)
【2026年現在】倉田真由美の生活と夫の死後に続く活動
2026年現在の倉田さんは、漫画家としての活動に加え、著書やインタビューを通じて夫との暮らし、闘病、死別後の心境を伝えています。2025年には前述の闘病記を刊行し、2026年4月には月刊終活WEBのインタビューで、夫を亡くしてからの心境や看取り、葬儀をめぐる経験を語りました。(サイゾーオンライン、2025年5月、月刊終活WEB、2026年4月9日)
2026年4月のインタビューでは、叶井さんの葬儀費用や遺骨を自宅に置いていることなど、死別後の生活に関わる具体的な話も取り上げられました。夫婦の関係を懐かしい思い出として語るだけでなく、看取りを終えた遺族が直面する現実や、後から生まれる後悔についても率直に話しています。(月刊終活WEB、2026年4月9日)
夫の死後、倉田さんが取り組んできた著述活動には、家族の記憶を残すという意味もあります。『抗がん剤を使わなかった夫』では、治療を受けないと決めた本人の考えと、それを支える妻の不安が扱われています。病気をめぐる夫婦の判断を記録することで、同じような状況に直面した家族が、患者本人の意思や療養生活について考える材料を提供しています。
なお、2026年時点で倉田さんが再婚したという公表は見当たりません。公に確認できる近況としては、漫画家・著述家としての活動や、夫との死別をめぐるインタビューなどが挙げられます。私生活の細部については、本人が公に語った範囲を超えて推測する必要はありません。
【プロの結論】倉田真由美と叶井俊太郎の結婚から読み取れること
倉田真由美さんと叶井俊太郎さんの関係を理解するうえで重要なのは、結婚歴や破天荒なエピソードだけで夫婦の相性を判断しないことです。倉田さんは、前の結婚で価値観の違いやけんかに悩んだ経験を語る一方、叶井さんとは映画や漫画の好みが一致し、自然に話ができる関係だったと振り返っています。
『だめんず・うぉ〜か〜』の作者と、4度の結婚や会社の破産を経験した映画プロデューサー。こうしたプロフィールは確かに目を引きます。しかし、実際の夫婦生活について本人が伝えているのは、互いの個性を理解し、家族として過ごした時間への肯定的な思いです。世間のイメージと本人の語る経験を分けて読むことが、2人の関係を理解する近道になります。
もう一つの要点は、叶井さんの死後も、倉田さんが夫の生き方や闘病を記録し続けていることです。2025年の著書や2026年のインタビューは、夫婦の思い出を残すだけでなく、看取りや死別、医療上の意思決定といった、家族が直面する課題を社会に伝える役割を持っています。
ただし、叶井さんが選んだ治療方針を、他の患者にも当てはまる正解として受け取るべきではありません。本人の希望を尊重することと、医学的な情報を十分に得ることは両立できます。夫婦の記録から学べるのは、個々の選択を単純に評価するのではなく、本人が何を望み、家族がどのように支えたのかを丁寧に理解する姿勢です。
【倉田真由美旦那】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:倉田真由美の旦那は誰ですか?
A1:映画プロデューサーの叶井俊太郎さんです。2009年9月に結婚し、叶井さんは2024年2月16日に膵臓がんで闘病した末、56歳で亡くなりました。
Q2:倉田真由美と叶井俊太郎の馴れ初めは?
A2:小説家の中村うさぎさんの紹介で出会いました。映画や漫画の好みが細かな部分まで合い、自然に交際が始まったと倉田さんがインタビューで語っています。
Q3:倉田真由美の子どもは何人ですか?
A3:長男と長女の2人です。長男は前夫との間に生まれ、長女は叶井俊太郎さんとの間に2009年11月に誕生しました。
Q4:叶井俊太郎の結婚歴は何回ですか?
A4:4回です。倉田真由美さんとの結婚が4度目に当たります。倉田さん自身の結婚歴と混同しないように注意が必要です。
Q5:叶井俊太郎の死因は何ですか?
A5:膵臓がんです。2022年6月に診断を受け、余命半年と告げられた後も仕事や日常生活を続け、2024年2月16日に自宅で亡くなりました。
Q6:倉田真由美は2026年現在、何をしていますか?
A6:漫画家・著述家として活動しています。2025年には夫の闘病を記録した『抗がん剤を使わなかった夫~すい臓がんと歩んだ最期の日記~』を刊行し、2026年にも夫との死別や看取りについてインタビューで語っています。
Q7:『ダメになってもだいじょうぶ』はどんな本ですか?
A7:2010年に幻冬舎から発売された、叶井俊太郎さんと倉田真由美さんの共著です。叶井さんの結婚歴や女性関係、会社経営の失敗などを扱った自叙伝的な内容で、倉田さんによる漫画も収録されています。
倉田真由美さんの夫は、映画『アメリ』の買い付けや『いかレスラー』などで知られる叶井俊太郎さんです。2人は中村うさぎさんの紹介で出会い、共通の趣味を通じて関係を深め、2009年9月に結婚しました。前夫との離婚を経て子育てと仕事を続けていた倉田さんにとって、叶井さんとの結婚は新たな家族生活の始まりでした。
叶井さんは2024年2月16日、膵臓がんで闘病した末に56歳で死去しました。倉田さんはその後も、共に過ごした日々や闘病の記録を著書やインタビューで伝えています。2026年現在、2人の関係を知るうえで大切なのは、結婚歴や破天荒な経歴だけでなく、本人が語った出会い、家族との暮らし、そして死別後も続く記録に目を向けることです。