「Diamonds」「M」「世界でいちばん熱い夏」など、数々のヒット曲を生み出した女性5人組バンド、プリンセス プリンセス。1996年5月31日に解散したものの、2012年には東日本大震災の復興支援を目的に再結成し、2016年まで特別な活動を続けました。
2026年は、1986年のデビューから40周年、そして1996年の解散から30周年に当たる節目の年です。現在のプリンセス プリンセスはどうなっているのか、メンバー5人はどのような道を歩んでいるのか。ボーカルの岸谷香(旧姓・奥居香)のソロ活動、メンバーの結婚や再婚、解散理由、再結成の経緯まで、ソニーミュージックの公式プロフィールや本人の公式発信、音楽メディアの報道をもとに整理します。
【2026年最新】プリンセスプリンセスの現在は?今も5人で活動している?

2026年10月現在、プリンセス プリンセスは、バンドとしての再結成活動を続けているわけではありません。2012年に始まった復興支援のための活動は、2016年3月26日のライブをもって終了しています。
ただし、バンドの活動終了は、5人の音楽人生が終わったことを意味しません。岸谷香はソロアーティストとしてライブや楽曲制作を続け、中山加奈子はギタリスト・作詞家として活動。富田京子、今野登茂子、渡辺敦子も、それぞれ作詞・音楽制作、個人の発信、音楽教育などの分野で歩みを重ねています。
2026年は、プリンセス プリンセスの歴史を振り返る企画も相次ぎました。ソニーミュージックの公式発表によると、5月21日には貴重なライブ映像を集めた『解散から30周年記念-tvkスペシャル-』、5月31日には1996年の解散公演を収録した『The Last Live』が、それぞれ全国の映画館で上映されました。
加えて、2026年10月23日には、ライブフィルム『吉例 謹賀新年 PRINCESS PRINCESS ’27 -tvkスペシャル-』の上映が発表されています。2027年1月4日に新宿と塚口の映画館で上映される予定で、解散から30年を経ても、過去のライブ映像を通じてバンドの魅力に触れられる機会が続いています。
ここで押さえておきたいのは、記念上映と再結成は別のものだという点です。2026年に行われたのは、主に過去のライブ映像を再び届ける取り組みです。新たなバンド活動が再開したことを意味するものではありません。
【メンバー5人の現在】プリプリ解散後、それぞれ何をしている?
プリンセス プリンセスの特徴は、5人全員が演奏だけでなく、作詞・作曲やアレンジなどにも関わっていたことです。そのため、解散後の進路も一様ではありません。各メンバーの代表的な活動と、現在につながる歩みを見ていきます。
岸谷香(旧姓・奥居香)|ソロ活動とバンド活動を継続ボーカルとギターを担当した岸谷香は、プリンセス プリンセス解散後も音楽活動を継続しているメンバーです。1997年には「奥居香」名義でシングル「ハッピーマン」を発表し、ソロ活動をスタートさせました。
その後はソロアーティストとして楽曲を発表し、2014年に本格的なソロ活動を再始動。2016年からは、ピアノやアコースティックギターを用いた弾き語りツアー「KAORI PARADISE」を展開しています。
2018年には女性メンバーによるバンド「Unlock the girls」を結成。ソロ名義の活動に加え、バンドサウンドを生かしたライブや作品制作にも取り組んできました。
岸谷香の公式サイトでは、2026年10月31日に開催される八神純子の公演「ヤガ祭り the 8th Legends ~with 岸谷香~」への出演も案内されています。翌2027年に向けた「KAORI PARADISE 2027 新春スペシャル」の告知もあり、現在もライブを軸に活動していることが分かります。
中山加奈子|VooDoo Hawaiiansや作詞活動ギタリストの中山加奈子は、プリンセス プリンセスの楽曲制作を支えた作詞家の一人でもあります。解散後はソロ活動を経て、1999年にロックバンド「VooDoo Hawaiians」を結成。ボーカルとギターを担当し、作詞家としての作品提供や音楽プロデュースなどにも取り組んできました。
プリプリのヒット曲を歌う岸谷香とは異なり、中山加奈子のキャリアを理解するうえでは、ギタリストとしてのロック志向と、言葉を生み出す作詞家としての仕事の両面が重要です。
2004年2月7日には、自身の公式ホームページで一般男性との結婚を報告しています。結婚相手の詳しいプロフィールなど、私生活に関する情報は広く公表されていません。
富田京子|「M」の作詞を手がけたドラマードラマーの富田京子は、演奏だけでなく作詞でもプリンセス プリンセスを支えました。代表例が「M」です。失恋の切なさを描いた同曲は、バンド解散後も歌い継がれる楽曲の一つとなっています。
解散後はアーティスト、作詞家、作家として活動。音楽専門学校の顧問としても紹介されており、音楽に携わる次世代を支える仕事にも関わっています。
富田京子の現在を考えるうえで注目したいのは、ヒット曲を生み出した経験が、作詞や執筆、後進への助言といった異なる形に広がっていることです。プリプリ時代の活動が、現在の仕事にもつながっています。
今野登茂子|キーボード奏者から楽曲制作へキーボードを担当した今野登茂子は、プリンセス プリンセス時代から音楽活動の幅が広く、1994年にはソロ活動を開始。映画への出演経験もあり、解散後は映画やドラマなどへの楽曲提供にも取り組んできました。
音楽以外では、ファンクラブ会報や関連出版物で漫画を描くなど、イラストの才能も知られています。現在は本人の公式ブログでも近況を発信しており、プリプリ時代とは異なる形で創作活動を続けています。
私生活では、映画監督・俳優の利重剛と2002年に再婚したことが知られています。公の場での活動と私生活を分けながら、自分のペースで歩んできたメンバーです。
渡辺敦子|リーダーから音楽教育の現場へベースを担当し、バンドのリーダーを務めた渡辺敦子は、解散後にベースの教則本を執筆するなど、演奏経験を生かした活動を行ってきました。その後、音楽専門学校で教育に携わるようになります。
日刊ゲンダイDIGITALが2026年10月に掲載した取材記事では、渡辺敦子が東京スクールオブミュージック&ダンス専門学校の学校長を務めていると紹介されています。ステージ上でバンドをまとめていた経験は、音楽を学ぶ学生を支える現在の仕事にもつながっています。
このように、プリンセス プリンセスのメンバーは、全員が同じ形で音楽活動を続けているわけではありません。ソロ活動、作詞、楽曲制作、教育など、それぞれが得意分野を生かした道を歩んでいます。
【プリンセスプリンセスの解散理由】不仲だったから?音楽性の違いだけではない背景
プリンセス プリンセスの解散は、1996年5月31日の日本武道館公演をもって実行されました。人気絶頂期を経験したバンドだっただけに、「なぜ解散したのか」「メンバー同士が不仲だったのか」と疑問を持つ人も少なくありません。
解散の背景として語られてきたのは、音楽的な方向性をめぐる意見の違いです。新しい表現に挑戦したいという考えと、それまでに築き上げたバンドのイメージを大切にしたいという考えが、新作アルバムの制作をめぐる話し合いで一致しなかったことが、回顧資料などで説明されています。
長く活動するバンドでは、メンバーそれぞれの音楽的な関心や、作品に求めるものが変わっていきます。活動初期には同じ目標に向かっていたとしても、キャリアを重ねるなかで次に進みたい方向が異なることは珍しくありません。
プリンセス プリンセスの場合も、解散の理由を単純に「不仲だったから」と説明するのは実態を捉えきれません。長年にわたって一緒に作品を作り、全国を回り、大きな成功を収めてきた5人が、バンドの将来について話し合った末に選んだ節目だったと考えるほうが、解散後の歩みとも整合します。
1996年の解散は、バンドとしての活動を終える決断でした。しかし、5人の関係や楽曲まで失われたわけではありません。そのことは、16年後に実現した再結成と、復興支援という共通の目的に向かった活動が示しています。
【年表で整理】1983年から1996年、そして2012年の再結成と2016年の活動終了まで
プリンセス プリンセスの歩みを理解するには、結成から解散までと、復興支援を目的とした再結成期間を分けて見ることが大切です。ソニーミュージックの公式プロフィールや当時の報道をもとに、主要な出来事をまとめました。
| 時期 | 出来事 | ポイント |
|---|---|---|
| 1983年 | メンバー5人が出会う | 前身バンドの時期を経て、プリンセス プリンセスへとつながる。 |
| 1986年 | ミニアルバム「Kissで犯罪」でデビュー | 本格的な音楽活動が始まり、後のヒットへとつながる。 |
| 1989年 | 日本武道館公演を実施 | 女性だけのバンドとして初の武道館公演を行った。 |
| 1996年5月31日 | 日本武道館公演をもって解散 | 13年にわたる活動に区切りをつける。 |
| 2012年1月6日 | 16年ぶりの再結成を発表 | 東日本大震災の復興・復旧支援を目的とした活動を決定。 |
| 2012年 | 復興支援ライブを開催 | 仙台サンプラザホール、日本武道館、東京ドームなどで公演を行う。 |
| 2016年3月 | 再結成活動を終了 | 仙台PITの公演などを経て、3月26日の豊洲PIT公演で活動に幕を下ろす。 |
| 2026年 | デビュー40周年・解散30周年の記念企画 | 過去のライブ映像の劇場上映などを通じて、バンドの歴史を振り返る。 |
再結成の直接的なきっかけは、2011年3月11日に発生した東日本大震災でした。メンバー間で互いの無事を確認する連絡を取り合い、その後の話し合いを経て、復興支援のために再び5人で活動することを決めました。
2012年1月6日、プリンセス プリンセスは16年ぶりの再結成を公式に発表。当初は1年間限定の活動として計画されました。音楽ナタリーの当時の報道によると、2012年の活動では約5億1000万円の義援金を集め、東北地方の医療・教育分野への支援や、仙台にライブハウスを設立する取り組みにつなげました。
この再結成は、単に過去のヒット曲を再び演奏するためのものではありませんでした。メンバーがそれぞれの生活を送りながら、音楽を通じて被災地を支えるという共通の目標に向かった活動でした。
2016年3月26日、再結成活動が終了2012年の当初計画を超えて、復興支援活動は2016年まで続きました。2016年3月には仙台PITのこけら落とし公演が行われ、同月25日、26日には豊洲PITで追加公演を開催。3月26日のライブをもって、再結成後の活動が終了しました。
ソニーミュージックが2017年に発表したライブ映像作品の案内でも、2016年3月26日の豊洲PIT公演が再結成活動のファイナルとして位置づけられています。したがって、2012年から2016年までの期間は、通常のバンド活動を再開したというより、復興支援という目的を持った特別な再結成期間として捉えるのが適切です。
【岸谷香の現在】奥居香からの改名、岸谷五朗との結婚、ソロ活動の歩み
プリンセス プリンセスの現在を調べる際、とくに検索されやすいのが、ボーカルの岸谷香に関する情報です。「奥居香と岸谷香は同じ人なのか」「なぜ名前が変わったのか」「岸谷五朗との結婚後はどう活動してきたのか」といった疑問が挙げられます。
奥居香から岸谷香へ改名した経緯岸谷香は、プリンセス プリンセス時代には旧姓の奥居香として活動していました。1996年に俳優の岸谷五朗と結婚し、1997年にはソロアーティスト「奥居香」として「ハッピーマン」を発表。その後、2001年に第一子を授かったことをきっかけに、アーティスト名を岸谷香へと変更しました。
この改名については、岸谷香本人の公式プロフィールにも経緯が記されています。結婚した1996年と、芸名を変更した2001年は別の出来事です。「結婚した直後に改名した」という理解ではなく、結婚後も奥居香名義でソロ活動を続け、その後に岸谷香へ変更したという流れが正確です。
岸谷五朗との結婚と家族岸谷香は1996年に俳優の岸谷五朗と結婚し、2人の子どもを育ててきました。本人の活動紹介やインタビューでは、子どもが幼い時期には育児を中心に生活していたことも語られています。
子育てを優先した時期を経て、2008年ごろからは本格復帰に向けたライブ活動を少しずつ重ね、2014年にはソロ活動を本格化させました。その後はバンドツアーや弾き語りツアー、ゲストを迎える「岸谷香感謝祭」など、複数の形式で音楽を届けています。
この歩みから見えるのは、プリンセス プリンセスの成功に依存するのではなく、生活の変化に合わせて音楽との関わり方を組み直してきた姿です。バンドで培った作曲力やライブ経験を生かしながら、ソロアーティストとして新しい表現を重ねています。
2026年も続くライブ活動2026年の岸谷香は、ソロ名義の出演やライブ企画を通じて活動しています。公式サイトには、10月31日の「ヤガ祭り the 8th Legends ~with 岸谷香~」への出演予定や、翌年に向けた「KAORI PARADISE 2027 新春スペシャル」の案内が掲載されています。
岸谷香の現在を知る際には、プリンセス プリンセスの再結成情報と、本人のソロ活動情報を分けて確認することがポイントです。バンドとしての活動が終了した後も、本人の音楽活動は途切れることなく続いています。
【メンバーの結婚・再婚】岸谷香、中山加奈子、今野登茂子の公表情報
プリンセス プリンセスのメンバーについては、音楽活動と並んで結婚や家族に関する検索も多く見られます。ここでは、本人の公式プロフィールや公表された経歴、報道で紹介されている情報を中心に整理します。
岸谷香と岸谷五朗岸谷香は1996年に岸谷五朗と結婚しました。前述のとおり、アーティスト名を岸谷香に変更したのは2001年で、子どもを授かったことがきっかけです。2人の子どもがいることは本人のインタビューでも紹介されています。
中山加奈子と一般男性中山加奈子は2004年2月7日、自身の公式ホームページで一般男性との結婚を報告しました。結婚相手の名前や職業などの詳しい情報は広く公表されていません。相手に関する憶測を事実として扱わず、本人が公表した範囲で把握することが大切です。
今野登茂子と利重剛今野登茂子は、映画監督・俳優の利重剛と2002年に再婚したことで知られています。利重剛も再婚であり、今野登茂子も過去の結婚を経て再婚したと紹介されています。2人は2004年に娘をもうけています。
今野登茂子は、プリンセス プリンセス解散後も映画やドラマへの楽曲提供などを行ってきました。音楽活動と家庭生活の両面を歩んできたメンバーですが、家族の詳細については公表されている範囲を超えて断定する必要はありません。
富田京子、渡辺敦子の家族や私生活富田京子は、結婚し、子育てをしながら作詞家・作家として活動してきたことが、本人を紹介するインタビュー記事などで取り上げられています。一方、渡辺敦子については、現在の音楽教育の仕事など公に確認できるキャリア情報が中心です。
メンバー5人の結婚歴や家族構成を比較するときは、本人が公表した情報と、報道で確認できる情報を区別する必要があります。結婚しているかどうかだけで、その後の活動や人生を一括りにすることはできません。
【プリンセスプリンセス現在】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:プリンセス プリンセスは2026年現在も活動していますか? A1:バンドとしての再結成活動は2016年3月26日に終了しています。2026年はデビュー40周年・解散30周年の節目に当たり、ライブ映像の劇場上映などが行われました。岸谷香をはじめ、メンバーはそれぞれの分野で活動しています。
Q2:プリンセス プリンセスの解散理由は何ですか? A2:解散の背景として、音楽的な方向性をめぐる意見の違いが挙げられています。新しい表現を目指す考えと、これまで築いたバンドのイメージを大切にする考えが一致しなかったことなどが、解散に至る経緯として語られています。
Q3:奥居香が岸谷香に改名したのはいつですか? A3:2001年です。1996年に俳優の岸谷五朗と結婚した後も、1997年からは奥居香名義でソロ活動を続けていました。2001年に第一子を授かったことをきっかけに、アーティスト名を岸谷香へ変更しました。
プリンセス プリンセスは、1983年に5人が出会ってから、1986年のデビュー、1990年代のヒット曲の数々、1996年の解散まで、日本の女性バンドの歴史に大きな足跡を残しました。2012年には東日本大震災の復興支援のために再結成し、2016年3月まで活動を続けています。
2026年現在、5人でのバンド活動は終了していますが、メンバーそれぞれのキャリアは続いています。岸谷香はソロライブやバンド活動を行い、中山加奈子は作詞・ギター、富田京子は作詞・執筆、今野登茂子は楽曲制作、渡辺敦子は音楽教育などの分野で歩みを重ねています。
また、2026年のデビュー40周年・解散30周年記念企画や、2027年に予定されているライブフィルムの上映は、プリンセス プリンセスの楽曲とステージが今も振り返られていることを示しています。ただし、過去の映像作品の公開と、バンドとしての再結成は区別して理解する必要があります。
今後のライブ出演や作品の最新情報を知りたい場合は、岸谷香の公式サイトやソニーミュージックのプリンセス プリンセス公式情報を確認するのが確実です。解散後の歩みまで知ることで、ヒット曲だけでは見えない5人それぞれの音楽人生と、プリンセス プリンセスというバンドが残したものを、より深く理解できます。