T-BOLAN(ティー・ボラン)は、「離したくはない」「Bye For Now」「じれったい愛」など、1990年代の音楽シーンを彩ったロックバンドです。ボーカルの森友嵐士、ギターの五味孝氏、ベースの上野博文、ドラムの青木和義という4人を中心に活動してきました。
2026年10月現在、最も大きな節目となっているのは、2026年8月10日の日本武道館公演をもってバンドが解散したことです。2025年から全国47都道府県を巡ったラストライブツアーを完走し、約35年にわたる歴史に一区切りをつけました。一方、上野博文はステージ4の肺がんの治療を続けながらツアーに参加し、最終公演までベースを演奏しました。
【メンバーは誰?】T-BOLANの4人の名前と担当楽器を一覧で紹介

T-BOLANの正式メンバーとして知られるのは、森友嵐士、五味孝氏、上野博文、青木和義の4人です。公式プロフィールでは、それぞれボーカル、ギター、ベース、ドラムを担当しています。
森友嵐士(もりとも あらし)
担当:ボーカル/作詞・作曲
T-BOLANの歌声を担うフロントマン。力強さと切なさを併せ持つ歌唱で、「離したくはない」「Bye For Now」などの代表曲を歌い上げてきました。心因性発声障害による活動休止を経験しながらも、ソロ活動を経てバンドの再始動を実現させた人物です。
五味孝氏(ごみ たかし)
担当:ギター/作曲・編曲
バンドのギターを担い、楽曲のロックサウンドを支えてきたメンバーです。2026年の日本武道館公演については、少年時代から憧れていた武道館で最後を迎えたいという思いが、ファイナルの舞台を決めるきっかけの一つになったと報じられています。
上野博文(うえの ひろふみ)
担当:ベース/編曲
バンドのリズムと低音を支えるベーシストです。2015年にくも膜下出血で倒れ、リハビリを経てステージに復帰。その後、ステージ4の肺がんを公表し、治療を続けながらラストツアーを完走しました。2026年のT-BOLANを語るうえで欠かせない存在です。
青木和義(あおき かずよし)
担当:ドラム/作詞・作曲
T-BOLANのドラマーとして長年活動してきたメンバーです。2021年8月、地元・岐阜で家業を守るため、バンドの表舞台での活動を休止すると自身の公式ブログで発表しました。歴代メンバーの一人であることと、近年のライブに参加しているかどうかは分けて理解する必要があります。
ここで押さえたいのは、正式メンバーの4人と、近年のライブで実際に活動していたメンバーは必ずしも同じではないという点です。青木は2021年に活動休止を発表しており、2026年のラストツアーは森友、五味、上野を中心に進められました。
【2026年最新プロフィール】メンバーの年齢と経歴を比較
T-BOLANのメンバーは、1990年代にバンドの人気を確立した世代です。公開プロフィールに記載された生年月日を基に、2026年10月26日時点の年齢を整理すると次のようになります。
森友嵐士
1965年10月30日生まれ・広島県出身
60歳。2026年10月30日に61歳を迎えます。
五味孝氏
1965年12月9日生まれ・東京都出身
60歳。2026年12月に61歳を迎える年齢です。
上野博文
1965年5月23日生まれ・栃木県出身
61歳。治療を続けながら2026年のラストツアーに参加しました。
青木和義
1966年11月13日生まれ・岐阜県出身
59歳。2026年11月に60歳を迎える年齢です。
年齢だけを見ると、4人は同世代を中心に構成されていることが分かります。長い活動休止や再結成を経ても、同じメンバーがバンドの核であり続けたことは、T-BOLANの大きな特徴です。
なお、年齢は2026年10月26日時点で計算しています。誕生日を迎えるタイミングによって、年齢表記が異なるプロフィールもあります。
【結成から解散まで】T-BOLANの歴史を年表で振り返る
T-BOLANの歴史は、1990年代の大ヒット、ボーカルの発声障害による活動休止、1999年の解散、そして再結成と再始動を経て、2026年のラストライブへと続きます。
公式バイオグラフィーと報道を基に、主要な出来事を整理しました。
この年表から読み取れるのは、T-BOLANが単純に長期間活動し続けたバンドではないということです。活動休止と解散を経験しながらも、メンバーの人生や健康上の事情を経て再びステージに戻り、その都度、活動の形を変えてきました。
【活動休止と再結成の理由】メンバー変更はあったのか
1995年の活動休止は森友嵐士の発声障害が大きな要因T-BOLANは1994年ごろから、リリースやライブを精力的に重ねる一方で、活動の歯車が徐々にかみ合わなくなっていきました。大きな転機となったのが、ボーカル森友の喉の不調です。
1995年3月26日の大阪公演を最後に、バンドは活動休止状態に入りました。その後も作品のリリースは続きましたが、森友の発声障害が回復せず、1999年12月に解散を決断しています。森友はその後、長い治療とリハビリを経て、2009年にソロ活動を再開しました。
2012年の再結成と2014年の活動休止解散から13年が経過した2012年、T-BOLANはオリジナルメンバーで再結成し、ライブ活動を再開しました。しかし、2014年4月26日の渋谷公会堂公演を区切りに、再び活動休止を発表しています。
これは、単に人気が低下したためという説明ではありません。公式バイオグラフィーでは、1999年の解散時に実現できなかった最後のライブをやり遂げたことや、各メンバーがそれぞれの可能性を高め、先を見据えるための決断だったと説明されています。
2017年の再始動は上野博文の回復がきっかけ2015年3月、上野がくも膜下出血で倒れ、手術後には高次脳機能障害も発症しました。メンバーは上野の回復を願い、リハビリの目標になればという思いから、2016年12月31日に豊洲PITで一夜限りの再結成ライブを開催しました。
この公演を機に、2017年の再始動を発表。翌年以降は全国ツアーなどを展開し、再びT-BOLANとして音楽を届ける活動が本格化しました。
歴代メンバーは4人。ただし、近年のライブ体制は異なるT-BOLANにはサポートミュージシャンが参加してきましたが、歴代の正式メンバーとして知られるのは森友、五味、上野、青木の4人です。
一方、青木は2021年8月に、地元・岐阜で家業を守るため、T-BOLANの表舞台での活動を休止すると発表しました。そのため、近年のライブは森友、五味、上野を中心に、サポート演奏者を迎える形で行われています。青木が正式メンバーとして紹介されていることと、実際のライブに参加していることは別の話です。
【上野博文の現在】肺がんの闘病と2026年の近況
2026年のT-BOLANを語るうえで、ベーシスト上野博文の健康状態は大きな関心事です。
T-BOLANは2025年9月6日、公式サイトを通じて、上野がステージ4の肺がんと診断され、治療を受けていることを公表しました。発表によると、上野は2025年7月初旬に体調の不調を感じて受診し、検査の結果、肺がんと診断され、複数箇所への転移も認められたといいます。転移部分への放射線治療などを経て、肺がんに対する投薬治療を受けていました。
2026年2月には腫瘍の縮小を報告2026年2月、上野は地元・栃木県真岡市のアンバサダー就任に関する取材で、がんの病巣が徐々に小さくなっていると説明しました。当初は肺に約5センチあった影が小さくなり、治療を続けながらラストツアーに臨んでいたと報じられています。
同年7月の文春オンラインのインタビューでも、上野本人が治療によって腫瘍が縮小したことや、体調が小康状態にあることを語っています。肺の腫瘍だけでなく、脳やリンパ節の病変についても変化があったと説明しています。ただし、これは治療の経過に関する本人の報告であり、完治を意味するものではありません。
2026年8月10日、日本武道館の最終公演に出演上野は治療を続けながらラストツアーに参加し、2026年8月10日の日本武道館公演にも出演しました。日刊スポーツによると、ツアー中は健康上の理由からマスクを着用して演奏することがありましたが、最終公演ではマスクを外してステージに立ち、ベースソロを披露しました。
ツアー中には体調不良による2公演の出演見合わせもありましたが、最終的にはラストツアーを完走しています。
加えて、2026年8月24日放送のフジテレビ系「ノンストップ!」の内容をまとめた放送情報では、最終公演後の取材で、上野が診察時の体調評価や病巣の縮小について語ったと報じられています。通院の頻度も減ったとされていますが、治療が終了したという発表はありません。
2026年10月時点で押さえておきたいのは、上野が治療を続けながらラストツアーを完走したこと、そして報道では病巣の縮小が伝えられていることです。 肺がんの完治や寛解が公表されたわけではなく、今後の健康状態については本人や関係者による新たな発表が重要になります。
【2025〜2026年ラストライブツアー】日本武道館で迎えた最後の日
T-BOLANは2025年9月から、全国47都道府県を巡る「T-BOLAN LAST LIVE TOUR 2025-2026 終章 SING THE BEST HIT JOURNEY 47」を開催しました。そして、2026年8月10日に東京・日本武道館で最終公演を行い、バンドとしての活動に終止符を打ちました。
ラストライブの会場が日本武道館に決まった背景には、メンバーの思いがありました。テレビ朝日の報道によると、ツアーの終盤にメンバー間で話し合いを重ね、五味孝氏の「少年時代からの憧れ、武道館で最後を迎えたい」という思いが、ファイナルの舞台を決めるきっかけの一つになったといいます。
今回のラストライブは、病気や活動休止によって何度も途切れたバンドの歴史を、メンバー自身の意思で締めくくる公演でもありました。1999年の解散後、2012年の再結成、2014年の活動休止、2017年の再始動を経て、最後は全国のファンに直接会いに行くツアーを完走する形になりました。
2028年の「T-BOLAN」は再結成を意味するのか2026年8月24日の番組取材では、森友が「2028年7月10日」に関する新たな構想について説明したと報じられています。ただし、その内容は、現在のメンバーで再びT-BOLANとしてステージに立つことや、新曲を発表することを意味するものではありません。番組の紹介によると、T-BOLANという名前を未来に残すための場やプラットフォームをつくる構想として語られました。
したがって、2026年10月時点で「2028年にバンドが再結成する」と断定するのは適切ではありません。確定しているのは、2026年8月10日の日本武道館公演がラストライブとなり、バンドとしての活動を終えたことです。
【プロの結論】T-BOLANの「現在」はメンバーの近況とバンドの歴史を分けて考える
T-BOLANのメンバー情報を調べる際には、次の3点を区別すると、情報を正しく理解できます。
- 正式メンバーの情報: 森友嵐士、五味孝氏、上野博文、青木和義の4人が歴代の中心メンバーです。
- 近年の活動体制: 青木は2021年に表舞台での活動休止を発表しており、近年のライブは3人を中心にサポート演奏者を迎えて行われました。
- 2026年以降の活動: 2026年8月10日の日本武道館公演でバンド活動は終了しています。将来の構想については、現メンバーによる再結成や新曲発表が確定したわけではありません。
この3点を押さえることで、「メンバーは4人なのに、最近のライブでは3人しか見かけない」「2026年も活動中なのか」「2028年に再結成するのか」といった疑問を整理できます。
また、上野博文の近況については、報道された治療経過と、完治や寛解という医学的な状態を混同しないことが大切です。本人の発言や公式発表を基に情報を受け止めることで、闘病と音楽活動の両方を正確に理解できます。
【T-BOLANメンバー】に関するよくある質問(FAQ)
Q1:T-BOLANのメンバーは現在何人ですか?
A1:歴代の正式メンバーは森友嵐士、五味孝氏、上野博文、青木和義の4人です。ただし、バンドは2026年8月10日の日本武道館公演をもって解散しており、現在活動中のバンドとして4人が活動しているわけではありません。
Q2:上野博文の肺がんは治ったのですか?
A2:2026年の報道では、治療によって腫瘍が縮小し、体調が改善していることが伝えられています。一方、肺がんの完治や寛解が公表されたわけではなく、治療の継続が伝えられています。
Q3:T-BOLANは2028年に再結成するのですか?
A3:2026年10月時点で、現メンバーによる再結成ライブが確定したという発表はありません。2028年7月10日に関する構想は報道されていますが、T-BOLANの名前を未来に残すための場をつくるという趣旨で紹介されており、バンドの再結成や新曲発表を意味するものではありません。
T-BOLANは、森友嵐士、五味孝氏、上野博文、青木和義の4人を中心に、1991年のメジャーデビューから数々のヒット曲を生み出してきました。森友の発声障害による活動休止、1999年の解散、2012年の再結成、2017年の再始動を経て、2026年8月10日の日本武道館公演でバンドとしての活動を終えました。
上野博文はステージ4の肺がんの治療を続けながらラストツアーを完走し、最終公演にも出演しました。2026年の報道では病巣の縮小が伝えられている一方、治療が終了したという発表はありません。
T-BOLANの「現在」を理解するうえで重要なのは、4人のプロフィール、近年のライブ体制、そして2026年の解散という3つの事実を分けて捉えることです。バンドとしての物語は日本武道館で一区切りを迎えましたが、「離したくはない」「Bye For Now」をはじめとする楽曲と、再会を重ねてきた歴史は、これからも聴き継がれていくはずです。